やりたいことがない自分を受け入れると割と幸せになるよって話。
やりたいことが見つからないわけだけれど、そもそもやりたいことってどうやって見つかるのだろうとか昨日はめちゃくちゃ考察してみた。
すげえ疲れる。こういうことを考えだすと。そもそも自分のことを受け入れたことがないし褒めたこともそんなにないし好きだった時期もあんまり長くなかった僕にとって自分のことを考えるなんて行為は地獄だ。しかし、それをしないと自分は変えられないと大学1年の時に思ってそこから毎日自分について考えてきた。昨日その考えてきたことの結論みたいなのが出てきたので共有させていただきたい。
それは、「やりたいことがない自分を受け入れる」という結論だ。僕はずっとやりたいことがない自分が嫌いだった。ある人はキラキラして見えるしとんでもない熱量で前に進んでいるような感じが羨ましかったのだ。ところが自分にはそんな要素はない。となると、悲しくなるのは当然なのだ。しかし、それを受け入れる。
そうすると、なんで自分に「やりたいことがないのか」についていろんなことが見えてきた。そもそもやりたいことっていうのは
「過去にやってきた出来事でものすごく心が動かされた」
って経験が必要だと思う。それは正負どちらのベクトルであってもだ。自分は、負に関しては「受験に落ちた」が最低の経験ってレベルの幸せな人生であるので、今のところあまりない。正に関してはそもそも自分の経験の幅が狭いのと、自分がその経験についてどう感じたのかとかを考えたり感じたりしたことそのものがなさすぎることから思い浮かばない。
つまり、やりたいことなんて見つかるわけないのだ。だから、今後はあらゆる種類の出来事を経験してみてそれについて自分がどう思ったのか深く感じてみる。そして不幸な出来事が起こったときにも同様にそれをやってみる。これをしていきたい。見つかった暁には起業とかしてみたいなぁとかやんわり夢見ている。
また、そんなやりたいことが見つかったときに精神的余裕と肉体的余裕がないってのが最悪だって昨日は考えた。なので、徹底的に健康になるような動き方をしていきたいと心の底から思っている。
以上。