題名が思いつかないので、寝ます。
今日も借方と貸方が合わなかった。
そう僕は目下、来月に迫る簿記3級の勉強中である。
ただ、まったく頭に入ってこない。なぜなら、それは僕がこの類にまったく興味がないからである。とはいえ、受ける、と上司にも言ってしまった。もう、どこにも逃げられない。
どこかでギアを上げなければ。一足で今にもエンストしそうな状態から抜けなければ。
うだつのあがらない話はさておき、とりあえず、今日は書こうと、決めていたので、書きます。
この前見た映画のお話。
〜documentary of GEZAN〜 Tribe Called Discord
僕が応援しているバンド、GEZANのアメリカツアーに迫った作品である。
先に断っておこう。これからは若干のネタバレが入る。だから、もしこれから映画を見る予定があって、この先をうっかり見てしまったなら、それはうっかり者だ。
全部丸ごと書くこともできるが、謎の徹夜になってしまいそうなので、ある二人が劇中に放った言葉(少し曖昧だが)をもとに僕なりに感じたことを記そうと思う。
【マヒトゥーザピーポーの言葉】
「これから倫理とか価値観とかが変わってくる、人の数だけ正義があるようになる。」
そんなことを冒頭マヒトくんはライブのMCの中で言っていた。
激同、そう激しく同意である。
僕らはずっと学校で正解を習ってきた。ただそれがどこにもないことに、いよいよ多くの人が気づいてきた。道徳じゃない、倫理じゃない、理屈じゃないところ。
それはなんだろう?と考える、そう、感覚であった。
だから、彼は全感覚祭だったのか。
なるほど、感覚を研ぎ澄ませ、と。Absolutely Imaginationじゃねぇか!
マヒトくんの言葉を分解してみたら、GEZANのやってきたことがストンと落ちて、なんかスッキリした。
今の感想は映画のストーリーとはあまり関係のないところなので、うっかり者のあなたもまだセーフだ。
いまさら言うが、今までの感想もこれからの感想も僕の主観であって真実は知らない。バイアスのバイブスがブンブンな映画評である。間違っていたら、申し訳ない。
【でるおくん(神谷亮佑監督)の言葉】
「人はわからないものに折り合いをつけながら生きている。」
でるおくんはアメリカでのGEZANを捉えたものの、日本に帰ってきて、編集が上手くできず、飛びそうになっていた。
でるおくんは割と理屈寄りな人じゃないかなと映画を見ながら思っていた。
物を世に出すって行為(特に情報とか)には、責任がつきまとうものだと思う。GEZANはアメリカで大きく根深いracismの問題に直面した。それがたまたま撮れてしまった。だけど、彼らはその問題の当事者ではなく、精通しているわけではない。そしてあくまで撮れてしまったものが一つの側面にすぎないかもしれない。勉強が足りない。だから、まとまらない。
でるおくんが編集できない、ってのはそこからくるもんじゃないのかなぁとか思ってた。世間の常識とか、今まであったものとかとすごく戦っている気がして。
だから、理屈じゃなくていいんだ、溢れたものが撮れた、それをだだ流せ。結局はそんな映画になっていた。生物(なまもの)中の生物(なまもの)が漏れていた。
小生が偉そうに言うが、GEZANの価値はそこかな、と思った。
振り切っちゃってる人はいいと思うんだ。だけど、常識、通説とかと葛藤してる人ってみちゃみちゃいる(いま作っためちゃめちゃの最上級形)。もれなく僕も。
そうゆう人たちに気づかせてあげること、引き込むというより、一つの考え方を与えること。それはそれは素敵なことだと思う。
もし、この記事を読んでいただいて、GEZANを聴いてもらえたり、ライブに遊びに行ってもらえたら、とても嬉しい。
当の僕はまったくGEZANと関係ない。笑
それでは。
追伸:映画のなかで、一つのまぎれもない事実を伝えるとすれば、でるおくんの部屋はすぐに片付けしたほうがいいということだろう。汚すぎた。
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