卒業
先輩から大学の卒業論文を手伝ってほしいという泣きの連絡がはいった。
明後日が締め切りという超ギリギリチョップな状況で何もしていないというダメダメっぷりだった。
その日、僕は一人でお台場にいた。
悲しくなると海を見に行きそのまま海で泳ぐという奇行をしていたが、
その時は、まだ海に入っていなかったので、
すぐに中野の先輩の部屋に舞い戻り、指示通りにテキストを打ち始めた。
先輩には本当に世話になったから断るという選択肢はなかった。
先輩は大学8年生で卒論を出さなきゃ除籍。あとがないがけっぷち。
まさに先輩にとって明後日は運命の日。僕は彼の人生の鍵を握る男。
そこから黙々と作業を進めたが二日間ほぼ徹夜だった。さすがに夜中元気な僕もこたえた。
肩は凝る、目は乾く、タバコスパスパ、
そして眠いとにかく眠い。体にいいことなど何も無い、
時間が無い、間に合わない、もうやりたくない、でもやらなきゃ除籍…
出るに出られぬアリ地獄。
そんな感じで神経をすりへらした。もはや先輩と僕は運命共同体。
出せなかったら僕までダメダメ野郎の烙印を押される
そんな厳しい精神状態。
80ページが決まりなのに締切日のお昼前で、
まだ60ページくらいしかできてないとわかった時には、
もう笑うしかなかった。
ふたりでなぜか大爆笑。腹を抱えて笑った。
頭イっちゃってマジクレイジーだったよほんと。
そのあと先輩は泣き出しちゃって。なぜか僕まで。
ずっと8年の集大成がこれかよってボヤいてたし、
かける言葉がわからなかった。
テーマはアイヌがホニャララなんとかひーんみたいなもので、シャクシャインが松前藩にだまし討ちされちゃいましたくらいの知識しかない僕にはチンプンカンプン。最初は訳ワカメだった僕も、膨大な資料をパソコンにガッシガッシ打ち込んでる間にいろんな事を学んだ。
結果として、先輩はもうこれで出す!製本行ってくるから!とノートパソコンをもって部屋を飛び出していった。
「ページ数足りてませんよ!?どうすんの?」
「改行しまくる!!そして教授に弁解する!!」
「はあああああ??」
ここまできたら僕には何もできる事は無く、先輩の判断にすべてを委ねて
送り出して僕は先輩の部屋で寝た。
その夜、目が覚めると先輩は帰ってきていてタバコを吸っていた。
製本に行ってどうだったかというと
ページ番号も入れるの忘れてて形式通りに製本されず、
ページ数稼ぐ為に行はスカスカ、
中身は20ページくらい裏返し、
読み返してみたら資料丸写しのひどすぎる出来上がり。
しかしもうそのまま提出してきたとの事だった。
そんなひどい卒論だったとしても、あれはもう僕らの宝物だった。
汗と涙と眠気と肩凝りの結晶だ。
僕はなにかやらかしてみたいって思ってたけど、この時ばかりはやらかした気分だった。いろいろな意味で。
それでも教授の温情で再提出の機会があたえられ、ちゃんとした書式に直して提出して先輩は無事に大学を卒業する事ができた。
卒業式の日、スーツを着た僕は大学のキャンパスにいた。
一緒に卒業しよう!と謎のメールが前日にきて僕も卒業式に参加したのだ。さすがに中には入れないので講堂の前で僕はひとり聞き耳をたて、一緒に校歌を歌い卒業した。
2人で校門の前で万歳三唱して、その夜ふたりで酒を飲みまくった。
2006年の春、その日は快晴だった。