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Deeptech投資トレンド分析(Seed編):Deeptechの中でどの領域に投資が集まっているのか?



1. 自己紹介

XTech Venturesという独立系のベンチャーキャピタルで働いている荻野です。ファンドとしては主にシード~アーリーのスタートアップに投資をしています。私個人としては、元研究者というバックグラウンドなこともあり、今後Deeptechに投資をしていきたいと思い、勉強のためにDeeptechの資金調達状況を分析してみました。せっかくなので、noteに纏め共有しようと思います。

ちなみに、大学院では創薬の研究をしていました。下図のように有機合成によって薬を創る研究です。例えば、真ん中下のprostratinという物質は抗HIV活性を示す物質で、潜伏期間中のHIVウイルスを叩くことができる薬で、とある某外資製薬企業で実用化に向けて研究開発が進んでいるとかないとか。

"Unified Total Syntheses of Rhamnofolane, Tigliane, and Daphnane Diterpenoids," J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 12387-12396. より一般公開されているAbstractから抜粋

その後、ファーストキャリアでは、がん細胞のイメージング研究をしていました。
下図のような形でがん細胞に蛍光材料により色をつける事でがん細胞を可視化していました。がん細胞の種類によって色を変える事ができるので、図のように赤と緑で種類別に見る事もできます。

コニカミノルタの高感度タンパク定量解析技術

この辺りの詳細はまた別途ご紹介させていただくとして、そのような経緯でDeeptech、特に医療や創薬領域のスタートアップに興味を持っています。

2. 調査の背景

最近Deeptechへの投資が増えてきているように感じており、ベンチャーキャピタルの方と話すと「Deeptechへの投資をやっています/やる予定です」、「ポートフォリオのxx割はDeeptechにする方針です」等の発言を聞く機会が多いなと思っております。

確かに感覚として、宇宙系のスタートアップや、自動運転、ドローン等のスタートアップへの投資が増えている気はするなと思いつつ、実際にデータとして見るとどうなのだろうか?と疑問に思いました。

そこでDeeptechスタートアップの資金調達情報を領域別に分析し、どの領域への投資が増えているのか、どういったトレンドがあるのかについてデータを元にファクトとして整理してみました。

3. 調査概要

以下の概要で調査を行いました。

Deeptechの定義:

  • 大学や研究機関(企業含む)発の研究内容を元に事業を展開している

  • その事業の強みの源泉が技術にある

  • 領域特化のSaaSやIT事業等は除く

期間:

  • 2023年1月~10月と2024年1月~10月

  • 2024年のデータが10月までなので2023年も10月までに揃えました

対象調達案件:

  • Seedの最新ラウンドデータ

  • 注意点として、2023年と2024年で連続で調達をした会社に関しては2024年のみでカウントするという分析になっております。よって、トレンドがより色濃く現れる形になっていますが、絶対値としては正確ではない部分を含みます。ご了承ください。

調査方法:

  • プレスリリース等の各種公開情報より

調査した資金調達件数:

  • 2023年:740件

  • 2024年:586件

領域の分類:

  • 防衛に関しては複合的な領域であるため各領域に振り分けています

  • 基本的に領域特化のAI技術に関しては各領域に割り振っている(AI技術を用いた医療機器は医療カテゴリに該当)が、純粋なAIの研究開発(言語モデルの研究等)についてはAIカテゴリに該当する

4. 最初にお断りと謝罪

本分析は、本来であれば5年前等もう少し長い期間で比較すべきところをデータの入手容易性等も考慮して、あくまで2023年と2024年という1年間での投資状況の変化を、Seedに絞って分析しています。したがって、「本当にこんなトレンドあるの?」「たまたまじゃないのか?」という意見を重々承知した上での分析結果ですので、参考程度に見ていただけますと幸いです。

更に付け加えると、そもそも何がDeeptechなのか、定義をつけたところで悩ましいものが多いのが正直な感想です。また、Deeptechを領域として綺麗に分類することもかなり難しく、あいまいな部分が多々ある分析であることを先に謝っておきます(もしこういった整理の仕方の方が良い等のコメントありましたらぜひいただけますと嬉しいです)。また、農業ともロボットとも思えるスタートアップ、クライメートとも素材とも思えるスタートアップ等、分類が難しい部分もあるため、その辺りの微妙なものに関しても非常に悩みました。このような困難がありつつも、Deeptechと一括りに語るよりは、曖昧な部分があれど領域で分類して語る方が良いかと考えトライしてみました。

また、今回の調査・分析については同じXTech Ventures内のメンバーと話したとしても意見が割れる部分が多々あるというのが現実です。従って、あくまで私個人が実施した、参考程度の分析として見ていただき、何かの役に立てば幸いです。

5. Deeptech投資分析結果

まず最初に2023年と2024年のシード全体の調達件数に対してDeeptechの割合がどの程度なのかについて分析してみました。結果は以下の通りで、2023年に全体の9%であったDeeptechスタートアップの調達件数が、2024年には14%に増えていることが分かりました。2023年に比べシードの調達件数自体が減っている中でDeeptechの調達件数は逆に増えている状況です。このことから、何となく感覚としてDeeptechの投資って増えていると思っていたことが、あくまでシードラウンドに限った場合ですが、ファクトであるということが分かりました。

XTech Ventures 独自分析

次に、増加傾向にあるDeeptechの調達件数を深掘ってみます。どの領域も全体的に増えているのか、はたまた一部の領域が増えているのか、気になるところです。結果は下図の通りになりました(見ずらくてすみません!)。

青色の部分が減少トレンドの領域で、グラフ左から、創薬/バイオ・医療・核融合・量子コンピュータ・AIになります。確かに創薬/バイオベンチャーへの投資トレンドは近年下がってきている印象なので、予想通りというところでしょうか。補足としてAIに関しては、調達件数比率こそ減少していますが、Sakana AIの影響で調達額は大幅に増加しています。一方でこの1社の影響が大きすぎるため全体としては調達件数比率を元に減少トレンドに入れてあります。参考までに減少トレンド領域の2024年の調達事例は下記の通りです

  • 創薬/バイオ:Red Arrow Therapeutics、A-SEEDS

  • 医療:DTアクシス、ソラセンテス

  • 核融合:無し

  • 量子コンピュータ:無し

  • AI:Sakana AI、AIHUB


次に灰色の部分が大きな変化のない領域で、グラフ左から、素材/半導体・クライメート・農業/食品になります。素材/半導体はTSMCの影響かもっと増加していると思っていたので、調達件数が若干減少しているのは意外でした。しかし調達額を別途見てみたところ、灰色の領域全体として増加している状況でした。参考までにステイ領域の2024年の調達事例は下記の通りです

  • 素材/半導体:大熊ダイヤモンドデバイス、iPEACE223

  • クライメート:JCCL、Blossom Energy

  • 農業/食品:楽々、スーパーワーム


最後に、赤色の部分が増加トレンドの領域で、グラフ左から、モビリティ・ロボティクス/製造業・宇宙になります。確かに感覚的にも宇宙やロボティクスへの投資は増加しているので、イメージ通りです。余談ですが、XTech Venturesからも小売店向けロボットのMUSE(2022、2024年に投資)や農業用ロボットのトクイテン(2022、2023年に投資)といったロボティクススタートアップに近年投資をしております。我々も気づかぬ内にトレンドに乗っていたということかもしれません。補足すると、モビリティに関しては調達件数比率自体は変化がないように思われますが調達額に関して大幅に増加しているため、増加トレンドとしています(桁が変わる規模感です)。参考までに増加トレンド領域の2024年の調達事例は下記の通りです

  • モビリティ:Turing、スカイリンクテクノロジーズ

  • ロボティクス/製造業:XELA・Robotics、Spiral

  • 宇宙:AstroX、スペースエントリー

6. 考察

上記分析結果からの考察をしてみたいと思います。領域ごとに丸っと見た際の大きなくくりでの傾向として、下図のように、創薬/バイオ・医療・核融合等の左の領域はサイエンス寄りの領域で、宇宙・ロボティクス・モビリティ等の右の領域はエンジニアリング寄りの領域であると考えられます。例えば創薬となると、バイオロジーかケミストリーどちらかが根幹の研究技術になっていることが一般的です。一方で宇宙・モビリティとなるとあらゆる分野が複合的に混ざっており単一のサイエンスというよりはその集合体でエンジニアリング技術が重要になってくる領域かと思います。もう少し簡単な例えをすると、左のサイエンス領域の方が、所謂大学の研究に近い領域で研究者が取り組んでいるイメージで、右のエンジニアリング領域は必ずしも大学が関わっている訳ではなく研究者というより技術者というイメージが近い領域かなと思います。
※上記特徴に関しては領域を大きなくくりで見た際のトレンドですので、もちろん右の領域においてもサイエンス寄りで研究力が競争優位性になっていることも多々あることは理解しておりますので、その点についてはご容赦ください。

XTech Ventures 独自分析

そして、現状のトレンドを見てみると、Deeptechの中でもエンジニアリング寄りの領域が増加トレンドであると言えます。逆に創薬等のサイエンス寄りの領域に関しては比率としては減少トレンドになっております。これらの点について考察してみたいと思います。上記分析はあくまで比率に関してですが、調達件数を見てみると青色の領域は減っていません。単に赤色の領域の調達件数が増えたため、見かけ上青色の領域が比率としては減少しているということです。
ではなぜ赤色の領域が増えたのでしょうか?大きく3つの理由からだと短絡的に予想しています。

  1. 2022年にSaaSバブルが崩壊し、これまでSaaS/ITに投資していた投資家の出資機会が減少したこと

  2. そのような中で国策としてDeeptech領域に資金が投入され始めたこと

  3. Deeptechを専門としない投資家にとって、Deeptechの中で赤色の領域は比較的分かりやすく、リスクが低いと考えられたこと

これらの影響を受け、結果としてこれまでIT領域等にメインで投資をしていたプレイヤーが、赤色の領域に入り込んできたのではないかと思われます。特にロボティクスやモビリティは一般的には事業化までの期間が短くDeeptechの中ではリスクが低いように感じられます。もちろん実際にはそうでない部分もありますが、創薬やバイオ、核融合等に比べると一定事実であるとも言えます(赤色の領域においてもリスクを取りチャレンジングな事業を展開している勇猛果敢なスタートアップが多数いることは理解しております。つたない表現をご容赦ください)。
つまりDeeptech投資の比率が以前より上がってきており国内の投資家(ベンチャーキャピタル)もリスクを取るようになってきたという見方もあれば、相対的にリスクの低い所を探し回った結果がDeeptechの中の赤色の領域だったとも言えます。

このトレンドは今後どうなるのでしょうか?私はあと数年は、SaaS等のIT領域からDeeptechの中のエンジニアリング寄りの領域に流れてくるというトレンドが続くと予想しています。そしてここが増えてきて飽和状態になった後で、サイエンス寄りの左側の領域に流れていくのではないかと考えています。サイエンス出身の私としてはその時代が早く来ることが今から待ち遠しいです。

7. おわりに

最後に個人的な思いについて述べたいと思います。私は日本の技術力に関して、自動車等に代表されるエンジニアリング領域に強みを持っているのは大前提として、サイエンスの研究力も相当に高いと思っています。例えば私のバックグラウンドの化学の領域を見てみると、日本の研究力は世界の中でも相当に高い状況です。少なくとも大学の研究レベルでは世界的にも著名な先生が複数いて、インパクトファクターの高いジャーナルにいくつもの論文が毎年載っています。2000年以降のノーベル化学賞も日本から7人輩出しています。この高い研究力を持つ領域にもっと投資が集まってほしい、自分自身もしていきたいと思っています。事業化できていない研究シーズが多く眠っていることは疑う余地はありません。またどこかで、どうすればそういった領域への投資が加速するのかについて持論を纏めたいと思っています。

本noteへのご意見・ご質問等ありましたらお気軽にご連絡いただければ幸いです。また、サイエンスバックグラウンドの方や研究に対して熱い思いをお持ちの方はぜひ語りあいましょう。

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