ハクビシンは在来種なのか?外来種なのか?
皆さんはハクビシン(Paguma larvata)という生き物は知っていますか?
漢字では、「白鼻芯」と書かれる動物です。
たびたび街中に出没するクマやシカ、サルなどと比べて目立たないかもしれませんが、私たちの住む家の周りにも生息しているみじかな動物なのです。
特に都会の市街地では空き家などに住み着くことがあり、たまにニュースにも取り上げられています。
シカやイノシシなどとは異なり、個体数の推定がされている動物ではありませんが、捕獲されている頭数や年間の比較などから、一部地域では増加傾向にある可能性が指摘されています。
そんなハクビシンですが、皆さんはこの動物が在来種なのか、外来種なのかで長年議論されていたことはご存知でしょうか?
今回はそんなハクビシンの日本における生態や在来種・外来種議論をフォーカスしていきます。
ハクビシンの生態
ハクビシンはジャコウネコ科に属する食肉目であり、主に東・南・東南アジアに生息しています。
日本においては本州と四国で広く分布をしていることが明らかになっています。
ハクビシンは完全な夜行性で、日中は樹洞などで休息や睡眠をしています。
また、市街地に生息するハクビシンは神社や寺、民家などの木造建築物の屋根裏をねぐらにしています。
そのため、日中に人がハクビシンを見かけることはほとんどありません。
食性は雑食性で、特に果実を好んで採食します。
植物質のものでは野菜も採食するため、時折農作物被害を引き起こします。
農林水産省の公表する資料によると、ハクビシンによる農作物被害のほとんどは果樹や野菜で占められているのが特徴です。
一方、動物質のものでは小型哺乳類や鳥類、両生類、昆虫と幅広く採食をします。
この採食する動物質のバリエーションは、外来種のアライグマ(Procyon lotor)や在来種のタヌキ(Nyctereutes procyonoides viverrinus)の食性の特徴と非常によく似ており、同一地域に生息する彼らの間には競争が生じていることが考えられています。
ところで、ハクビシンはタヌキと同じように日本の在来種でしょうか?それともアライグマと同じように日本に持ち込まれた外来種なのでしょうか?
実はこのハクビシンは在来種か外来種かについてはいくつか説がありますが、近年まではっきりと明言されてきませんでした。
そのため、アライグマやフイリマングースなどが指定されている特定外来生物には指定されていません。
それでは、なぜハクビシンは在来種・外来種の区別がはっきりとされてこなかったのでしょうか。
ハクビシンは外来種なのか?
ハクビシンが在来種なのか外来種なのかを議論される際、それぞれでいくつかの説があります。
ここでは、在来種説と外来種説をそれぞれ解説していきます。
◆在来種説
在来種ではないかと言われる理由としては、以下の2点が挙げられています。
●雷獣=ハクビシン
江戸時代の国学者・山岡浚明による事典「類聚名物考」には雷獣という生き物として、ハクビシンらしき動物が描かれています。
図に描かれた雷獣は体長60cm、前後鼻から額にかけて白斑があり尻尾がとても長いのが特徴で、ハクビシンにとても似ています。
そのため江戸時代より以前からハクビシンは日本に生息していたのではないかとも言われていました。
また、明治以降には、動物学者によってハクビシンの雷獣説が唱えられている文献がいくつかあります。
それらの文献ではハクビシンだけでなく、テンやイタチといったように見た目の似ている動物がそれぞれ雷獣ではないかと推定されていました。
●形態学的特徴
今泉(1977)によれば、日本に生息するハクビシンの頭骨や顔の斑紋などの分類 ・形態学的な特徴は国外産のいずれの地域のものにも該当しないとされています。
つまり、日本のハクビシンは、昔から日本に生息しており、日本の環境に適応するように進化をした結果、現在の形質になったのではないかという説が考えられています。
◆外来種説
ハクビシンの在来種説以上に外来種説の方が支持されてきました。
それは「分布域の連続性」と「化石の未発見」という知見によるものです。
●分布域の連続性
今でこそ本州や四国の大部分にハクビシンは生息していますが、平成元年ごろのデータを見てみると、ハクビシンは本州や四国のごく一部で確認されていました。
また、人為的に僅かに導入された可能性が九州や北海道にもありました。
もし日本に大昔からハクビシンが生息していたとすれば、日本全国の広い範囲で昔から目撃されてきたはずです。
しかし、実際に日本におけるハクビシンの分布は不連続的で、ごく一部の地域でしか目撃情報がありませんでした。
ハクビシンの分布は1940年代に静岡県で初記録され、そこから徐々に各地で分布が確認されてきたとされています。
分布域のデータを見る限りでは、静岡県を中心にして広がったようにも見受けられます。
●化石の未発見
地層や貝塚などからは昔生息していた生き物やあるいは昔から現在まで生息している化石や骨が出土します。
これらを調査することで、生物が生きていた年代や分布を推定することができます。
では、これまで日本でハクビシンの化石が出土してきたかというと、出土が確認されたことはありませんでした。
狩猟文化のあった縄文時代の遺跡からもハクビシンの骨は出土していないことから、ハクビシンは比較的近年(江戸時代前後)に人為的に日本に導入されたのではないかと考えられます。
近年の研究の成果
日本に生息するハクビシンが在来種なのか外来種なのかは前述のさまざまな説を用いて長らく議論がされてきました。
日本のどの地域に初めて導入されたかも明らかでないままでした。
しかし、近年の科学技術の進歩により、生き物のDNAを調べることで、その動物の起源を明らかにすることが可能になりました。
近年実施された研究では、日本の本州・四国の186頭と台湾の20頭の合計206個体のミトコンドリアDNAを分析し、日本に生息するハクビシンの起源と遺伝的特徴を明らかにする試みがあります。
特に日本と台湾のハクビシンの分子系統と、日本と台湾の両国の個体群間の遺伝的関係が調べられました。
その調査の結果、ハプロタイプの分布を比較すると、東日本の集団は台湾西部のハクビシンが起源であり、西日本の集団は台湾東部のハクビシンが起源であることが明らかになりました。
また、日本におけるハプロタイプの遺伝的変動性の低さと不連続な分布パターンは、台湾から日本にハクビシンが複数回導入されたことが示唆されていました。
実際に、ハクビシンは毛皮目的で導入されていた歴史があるため、時折養殖のために導入された個体が脱走して野生化したとも考えられます。
このような研究により、ハクビシンは日本に昔から生息していた在来種ではなく、人為的に導入された台湾に由来する外来種であることが結論付けられました。
それにより、これまで鳥獣保護管理法下では、ただの狩猟鳥獣として指定されていたハクビシンでしたが、2015年には「生態系被害防止外来種リスト」の「重点対策外来種」に選定されました。
つまり、農作物被害だけでなく、日本の生態系にも甚大なインパクトを与えることが予想されるため、対策の必要性が高い種として位置づけられたのです。
参考文献
・今泉吉典. 1977. ハクピシン,帰化種か在来種か.アニマ,(54〕:48.
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・Masuda, R., Kaneko, Y., Siriaroonrat, B., Subramaniam, V., & Hamachi, M. 2008. Genetic variations of the masked palm civet Paguma larvata, inferred from mitochondrial cytochrome b sequences. Mammal Study, 33(1), 19-24.
・Masuda, R., Lin, L. K., Pei, K. J. C., Chen, Y. J., Chang, S. W., Kaneko, Y., ... & Oshida, T. 2010. Origins and founder effects on the Japanese masked palm civet Paguma larvata (Viverridae, Carnivora), revealed from a comparison with its molecular phylogeography in Taiwan. Zoological science, 27(6), 499-505.
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・中村一恵, 石原龍雄, 坂本堅五, & 山口佳秀. 1989. 神奈川県におけるハクビシンの生息状況と同種の日本における由来について. 神奈川自然誌資料,(10), 33-41.
・農林水産省.2018.野生鳥獣被害防止マニュアル-アライグマ、ハクビシン、タヌキ、アナグマ-(中型獣類編)
・吉岡郁夫.2007.雷獣考. 比較民俗研究, (21), 35-50.
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