街中に現れるハナレザル
ここ最近、日本各地で街中に出没する「ハナレザル」がニュースでたくさん取り上げられています。
https://www.chunichi.co.jp/article/520342
街中に現れるだけなら物珍しい程度でニュースやSNSを賑やかせますが、中には市街地に居着いてしまい、人にも恐れなくなり、サルの方から人に向かってきて怪我をさせてくる個体もいます。
ここまでくると各自治体は頑張って捕獲を試みようとしますが、なかなか捕まえることは難しいようです。
今回はそんなハナレザルの基本的な特性を解説します。
オスのハナレザル
ニホンザルの群れは一般的に複数の母系家族を中心とした集団と複数のオスの個体で構成されています(専門用語で「母系的複雄複雌群」と言います)。
ニホンザルのメスは生まれ育った群れで生涯を終えるので、よほどのことがない限りは群れを離れることはありません。
一方でオスはというと、生まれてから3歳くらいまではお母さんや兄弟姉妹のいる群れで過ごしますが、3~4歳になると生まれ育った群れを離れます。
これは生まれ育った群れ内での近親交配を避けるためといった理由や、他の群れから別の遺伝子を取り入れることが目的だと考えられています。
こうして3歳以上になり、群れを離れたオスの個体が「ハナレザル」となるのです。
また、前述した通りニホンザルの群れは母系家族と複数のオスの個体で構成されています。
亜成獣・成獣のオスの個体が群れ内に滞在するのは繁殖期の10月から2月ごろまでです。
それ以外の時期は群れから離れ、分散した状態になっています。
この非繁殖期(3~9月)の時期のオスも「ハナレザル」となっています。
メスのハナレザル
メスはその生涯を生まれた群れで過ごすと説明しましたが、メスのサルもハナレザルになることがあります。
Tsuji & Sugiyama(2014)によれば、ニホンザルのメスが群れを離れる原因として、
群れの食物条件の悪化により、群れから出ることが食物条件の改善につながる時
群れの規模の変化や成獣個体の消失により、群れの構造に極端なかく乱が起った時
と、述べています。
例えば、群れの中の一つの家族のうち、1頭を残して他の個体が捕獲されてしまう、といったことがこれにあたります。
つまり、野生のニホンザルの群れのメスのハナレザル化はほとんど起こることはありません。
しかし、餌が極端になくなり命の危機に瀕する、群れに自分の血縁に近いサルがいなくなるなどの状態に陥ることでメスも群れを離れてしまうことがあると考えられています。
さらに極端な例としては、
ある場所で捕獲したメスの個体を捕獲した地点から離れた地点で放獣する
飼育していた個体を放獣する
といったことでもサルのメスがハナレザル化することが報告されています(海老原ら 2018)。
また、メスの完全なハナレザル化ではなく、一時的にメスが群れとは別行動し、その後群れと再合流する「サブグルーピング」と呼ばれる行動も観察された例もあります(田村 2016)。
まとめ
オスとメスのハナレザル化の要因からそれぞれの性で以下のような特性があるとわかります。
オスのハナレザル化は非繁殖期によく起こるため、町に出没するのは一時的であることが多いです。
攻撃性はケースバイケースになるため一概には言えませんが、人への慣れが進むほど、サルのほうから威嚇や攻撃を仕掛けてきます。
東京に出没しているサルはまだ人を襲ってはいないようですが、人慣れが進んでしまうことで、北九州市若松区に出没しているサルのように、人身被害を頻繁に起こすようになります。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210909-OYT1T50092/
一方で、メスのハナレザルは群れや異性のサルを求めて動き回ることは少ないため、特定の地域で定着してしまうことが多いと考えられています。
徳島県阿南市で出没したサルは写真や動画から推定するにメスの個体だと考えられます。
https://www.topics.or.jp/articles/-/306283
このサルは子どもがいない単独の個体ですが、アカンボウを抱えていた場合は、周囲への警戒心が高まり、アカンボウを守るために攻撃的になると思われます。
ハナレザルを見かけても…
都会には普段は大型の野生動物はあまり姿を現さないので、今も東京では出没したサルをマスコミが追いかけたりしているようです。
野生動物は基本的には人間を警戒しているので、自ら攻撃を仕掛けてくることは多くはありません。
しかし、人間が追いかけることにより恐怖すると、自衛のために自ら攻撃をしてくる可能性があります。
東京都心に出没したサルは一過性のものだと考えられるので、そっとしておくのがいいのではと思います。
近年は都心にも野生動物が出没する事例は増えているので、今後も同じように騒がれるでしょう。
余談・ワカモノの冒険
オスのサルが群れから離れ、ハナレザルとなると、生まれ育った群れから数100km以上移動することもあると言われています。
東京都心に出没したサルも元は隣県に分布する群れから離れ、移動してきた個体だと考えられます。
動画から性年齢を判断すると、まだ性成熟しきっていない5~6歳のオスだと思われます(動画の1:34から判断)。
北九州市若松区に出没しているサルは東京の個体よりもさらに若いオスの個体だと推測できます(動画1:05から判断)。
ニホンザルの性年齢はお尻の赤み具合や生殖器の状態、体格などで判断することができます。
兵庫県森林動物研究センターの発刊している「兵庫ワイルドライフモノグラフ」の「附録6 ニホンザルの性・齢クラス判別の基準」に性年齢判別の判断基準が掲載されています。
慣れてくると顔つきでも違いが分かる玄人になれますよ(笑)
ぜひ動物園でも野生でもニホンザルを見かけたら、あのサルは何歳なのだろうかと観察してみてください!
参考文献
・海老原寛, 檀上理沙, & 清野紘典. 2018. 住居集合地域に出没するニホンザル (Macaca fuscata) のハナレ個体の行動特性. 霊長類研究, 34-029.
・中村大輔, 吉田洋, & 松本康夫. 2013. 都市近郊における猿害リスクと対策意識の空間分布. 農村計画学会誌, 32(1), 65-71.
・田村大也. 2016. 金華山島のニホンザル野生群で観察されたオトナメスの長期群れ離脱と再合流. 霊長類研究, 32-019.
・Tsuji, Y., & Sugiyama, Y. 2014. Female emigration in Japanese macaques, Macaca fuscata: ecological and social backgrounds and its biogeographical implications. Mammalia, 78(3), 281-290.
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