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「皮膚感覚」を頼りに、土壌環境に考慮する新しい建築の在り方|都市を醸す #2

都市や建造環境の微生物コミュニティを調査し、次世代の都市デザイン・公衆衛生事業に取り組む株式会社BIOTAが、様々な分野で都市を醸している実践者を深掘りしていく本企画。
第二回目は月舞台などに代表される森林共生住宅を提唱されている株式会社 森林・環境建築研究所代表・落合俊也さんのインタビューをお届けします。

Text: Takayuki Aoyama
Text & Photography: Kohei Ito

夕暮れ時には西陽が、夜は美しい月の光が舞台を照らす月舞台にて。

木造建築との出会い

———落合さんは建築の分野に身を置かれて数十年になられますが、森林共生建築へ取り組むことにされるきっかけはなんだったのでしょうか。

私が木の建築を学びはじめた80年代の初め、建築の分野における木の研究はほとんどされていませんでした。

文化財の修復など歴史的な建築物に関する研究はありましたが、現代建築における木造に関する研究がなかったんです。

大学の木造研究室は人気がなかったので「じゃあ僕が行ってみようかな。」というのがそもそものきっかけですね。

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———当時と違い、いま現在は木造建築がとても注目されていますよね。

その後にエコロジーの時代が来て、今ではみんな「都市をまた木造化しよう」と言い出しています。

木の研究をしてきて、最初にテーマとしたのは大工技能です。昔の大工は非効率的、封建的なやり方で建築していました。

流通は定まっていないし、大工がたまたま持っている寸法の部材で家を建てる。家は建築家が設計するものではなく大工さんが作るものでした。

だから、生産的合理性の研究が最初でした。次に、熱環境を良くしていこうという性能研究に変わり、さらに、木材そのものへと興味が移りました。「良質な木は健康にも良い」と。

最高最良の木材は新月伐採

———木材が人間へもたらす影響に興味を持たれたのですね。

良質な木を求めて、静岡県浜松市の天竜という地で杉の名木の産地を見つけました。そこでは「新月伐採」をしていました。冬の新月の時期に伐採すると割れたり寸法の狂いが少なく、虫食いやカビも少ない良材になるといわれていました。

新月伐採は世界的に行われていることで、ストラディヴァリウスなどの最高のヴァイオリンも結果的に見れば新月伐採された木材で作られている。

日本の古文書にも東大寺などに使われている木は「闇切り」と言って、闇夜に切る。すなわち新月伐採された木のことを言ってるわけですね。

そういったことがとても面白くて、木と森、つまり自然との関係性への興味に目覚めていったんです。

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———新月伐採された木はそんなにも優れた機能を持つのですね。

生き物はみな体内リズムを持っているわけですが、木にもバイオリズムがあって、それは28.8日周期の月のリズムなのです。

月のリズムとは、潮の満ち引きを起こす重力のリズムだと思います。木にはそのリズムが宿っているといわれてますが、科学的解明はされていません。

———新月伐採され天然乾燥された木材は、一般に流通されている人工乾燥木材とどれほどの違いがあるのでしょうか。

人工乾燥木材は、本当の意味での木じゃないんですよ。高温乾燥窯に入れたら木の生命性は無くなりますし、空気浄化や調湿機能も失われてしまいます。本当の木の良さを利用するためには木の持つ生命性にこだわるべきだと思います。

究極の自然エネルギー利用を目指した家・月舞台

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落合さんより提供

———こちらの住宅についてお聞かせください。月舞台という名称がついていますが、由来は新月伐採から来ているのでしょうか?

そもそもここは実験住宅で、究極の自然エネルギー利用の家にしようと思って設計したものです。「地球の体温を利用した究極のパッシブ建築をエコロジカルに実現する」というのがメインコンセプトでした。

崖の斜面を掘って建物を埋め込み、そこに伝統工法の木造をかぶせるように作りました。春夏になると斜面は緑に覆われて森になりますから、洞穴と森に両方のよさを取り入れる家ということになりますね。

———月舞台には、ただただ居心地の良さを覚えます。この空間の何がそうさせているのでしょうか。

例えば、柱をよく見てもらうと気づくと思うのですが、通常の角材とは異なり、面にカーブがかかっていて直線がないですよね。

職人が一本一本かんなで削って、一定のカーブを作ってくれているんです。通直材に見えて、一つも機械的直線がない木材にしてあります。そうすると柔らかいゆらぎが出る。

壁面も職人が全て手作業で漆喰を塗っているのですが、人が「ゆらぎ」を生み出しているんです。

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———ゆらぎ、ですか。

結論を言うと、環境のリズムと生命のリズムは本来同じなのです。そのリズムはどこから来ているのかというと、結局は太陽の運行リズム由来です。24時間のサーカディアンリズムを基準にして様々なリズムが関連しあって同居している状態なのです。そこに独特のゆらぎが生じることになる。

環境のリズムと生命のリズムが同じであれば、両者はしっかり繋がっていないといけない。

ところが、いま現在都市に暮らしている人は人工環境、つまり「電気のリズム」で生きている。50, 60Hzという”発電コイルのリズム”で生きているわけです。自然のリズムとは全く違うリズム。

だから不調が起きてくる可能性があります。その人の生体リズムと環境リズムを同調させようというのがこの月舞台のテーマの一つなんです。

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落合さんより提供

基本は太陽のリズムを素直に取り入れなくちゃいけない。

———自然のリズムと同調するために、1/fのゆらぎを家自身からも出す必要性があるということですね。どうすれば出せるものなのでしょうか。

それには腕の良い職人の手仕事を反映させることです。壁を塗るにしても、素人が塗っても一見ゆらいでいるように見えますが、1/fのゆらぎでは無いんです。名人が塗ると限りなく1/fに近似する心地よいゆらぎとなります。

ということは熟練した職人技や、本当のアートは健康に寄与していることになりますよね。自然と同じリズムを持つのは健康に良い。つまり、本当のアートは健康に良いのではないかと考えています。

———職人技や本当のアートは健康にも良い。その視点では考えたことがありませんでした。

新月伐採された杉の木を白木のまま使用していますが、やわらかい杉の木を床材として使うことは当時は非常識な事だったんです。何故かというと、すぐに傷ついて汚れるから。

ここで使われている杉の木も傷がたくさんついているけれど、本物の木は使われてさらに空間に馴染むんです。こんなに手触りが良いものを床に使わないのもったいないですよ。

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———確かにとても柔らかく滑らかで、温かな手触りがありますね。

杉はクリプトメリアジャポニカ (Cryptomeria japonica)といって、日本原産の木です。杉以上に日本人に馴染む木はないんです。

また、月舞台を建てて12年ほど経ちますが、自然素材だけで家を作ると静電気の発生が少ないので埃があまり出ないので掃除もあまりしなくて済みます。

———こちらの居心地の良さを知ってしまうと、普段の住まいでの暮らしがストレスになったりはしませんか。

妻とも話していますが、とにかくこちらはぐっすり眠れますよね。睡眠の質が全然違う。森の中でぐっすり眠れるのと同じこと。

私は熱帯雨林が好きでよく行くんですけど、熱帯雨林って日本の森と違って、すごくうるさいんです。夜になればなるほどうるさくなる轟音地帯なので、「こんなうるさいところで眠れるか!」と思うけれど、ぐっすりと眠れてしまう。

自然の中で、1/fのゆらぎが溢れている音であれば良いわけです。耳で拾えていない音が森には一杯あります。みんな皮膚が拾っていて反応しているわけですよね。「エッセンシャルサウンド」といって人間にとって必要な音なんですよね。

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———普通の住宅は25年で価値がゼロになると言われますが、月舞台は住めば住むほど健康になるというか、味が出てくる「価値が上がっていく建築」なのではないかと感じます。落合さんの思い描く建築の未来についてお聞かせください。

建築におけるこれからの新しいテーマとして、微生物の話があると思います。その場所の風土はを作り出しているのは太陽と土壌です。そして、土壌を作っているのは微生物の力が大きい。

しかし建築を作る際、土壌環境を考える人がいません。土壌の微生物のことを考えないで、家を作るときに防腐剤や防蟻剤などを撒いているから、簡単に土壌環境は死滅してしまいます。

土木にしても、日本の山では砂防ダムが沢山作られていますが、地盤の下の環境までは考えていません。そこを自然の力が戻ろうとするからどんどん壊れて結局廃道になっているのが現状です。

上(地上)のことばかり考えて、下(土壌)のことを考えていないから、結局は上の環境も死んでしまうんですよね。周りの土壌環境が死んでいたら、健全な微生物環境を住居内に導入することができません。

———健全な微生物環境づくりも人間が本来のリズムを取り戻す重要なポイントとなりそうですね。

そこを担保するには土壌というものに注目しないと絶対にダメですよね。しかし現在はそこを考える工法も無いですし、建築する側が酷いやり方で土壌を壊しています。

健全な森がなぜあんなにも気持ちいいかというと、土壌環境がしっかりしているからですよね。地上の見てくれだけを考えて造園したりランドスケープデザインをしても意味がない。健全な微生物環境を整える視点を加えないと。

下(土壌)のことも考えたならば上(地上)は自然に育っていくのです。

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本来そこに存在する土壌、微生物を豊かにしていくことが重要になってくる。

今後の建築のテーマとして土壌改善は究極の目標だと思います。ただ、微生物は見えないから難しい。イメージとしてはわかるけど、本当にそうなっているのかわかりづらい。

それはきっと「皮膚感覚」の差なのだろうなと思います。人間の人間らしさという意味での野性を作っているものが皮膚感覚だと思います。

耳に聞こえない音を拾っているのは皮膚で、目に見えない光も受容しているのは皮膚だし、味覚や嗅覚も皮膚感覚の延長にあるわけですよね。

インド行くと、指でカレー粉を触って具合を確認する凄腕のシェフがいます。味を感じているというよりも別の要素で味を判断している。そんなすごいセンサーを皮膚は持っている。

みんなそれを忘れてしまって、衣服で皮膚を覆い隠して、カプセルみたいな都市に住んで。

皮膚感覚が失われていくということは、野性(人間を人間たらしめている感覚)を失っているということだと思います。

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———「皮膚感覚」という言葉が出てきましたが、この大切な感覚を取り戻すために効果的なことはあるのでしょうか。

山伏修行なんかどうでしょうか。彼らのように滝行をして皮膚感覚を呼び覚まそうかと(笑)

微生物環境も皮膚感覚とリンクしている気がするんです。きっと、いずれ建築業界も微生物を無視できないことになりますよ。

問題はどう取り込めるかですよね。ひたすら衛生的になることを求めていた時代から建築も大きく変わらねばなりません。

———本日は貴重なお時間をありがとうございました。


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落合俊也|Toshiya Ochiai
建築家。東京都国立市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒。同大学院修了後、杉坂智男に師事。2016年㈱森林・環境建築研究所設立。森林共生住宅を提唱しその開発研究及び設計に携わる一方でINFOM国際自然・森林医学会理事として森林環境が人に及ぼす医学的効果の研究を行っている。
著書/すべては森から―住まいとウェルビィーングの新・基準-(建築資料研究社)和の家のよさ再発見(ニューハウス出版)等。
受賞/サスティナブル建築賞最優秀賞、建築環境・省エネルギー住宅賞など。


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株式会社BIOTA
「微生物との共生社会」を実現することで、都市に住むすべての人々のウェルビーイングを向上させることをビジョンに掲げ、都市や室内環境における微生物多様性とそのバランスをデザインすることで公衆衛生を改善し、感染症拡大防止のみならず、日々の生活におけるヒトの健康を向上させるため、研究開発や製品開発に取り組んでいます。

マイクロバイオームの先端ゲノム解析技術を、自社の製品開発に活用したいとお考えの皆さま、また持続可能な次世代の公衆衛生の実現を目指しているパートナー企業の皆さまと研究開発を進めてまいります。
微生物には詳しくないがご自身の経験等からインサイトをお持ちという方も、どういった調査・研究を行えばよいのか、コンセプトデザインから一緒に考えさせてください。

E-mail: info[@]biota.ne.jp




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