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Microbiome As Urban Infrastructure: 都市インフラとしてのマイクロバイオーム

近代的な都市は、人間中心の合理性に基づいて発展してきました。

人間中心に作られたこの都市は、人間にとって「桃源郷」になるかと思われましたが、現実はそうではなく、想定外の問題が続出しました。感染症拡大や悪臭などの公衆衛生問題、水・大気汚染などの環境汚染問題や、アレルギー疾患・メンタルヘルスなどの健康問題がその例です。

その一因として、「都市化に伴い人間以外の生き物が極端に少なくなり、地球上の大規模な生態系ネットワークと隔絶したこと」が考えられています。

本記事では生態系における微生物の役割に着目し、「都市インフラとしてのマイクロバイオームと微生物多様性」の可能性を提案します。

ヒトの営みによってマイクロバイオームが変化し、住みにくい都市になってしまったのであれば、マイクロバイオームを都市デザインに組み込むことで、再びヒトが住みやすい都市にアップデートできるのではないでしょうか。

都市には都市のマイクロバイオーム

ヒトや動植物にはたくさんの微生物が共生しているように、都市のあらゆる場所にマイクロバイオーム(微生物のコミュニティ)が形成されています。以前のnote記事で都市マイクロバイオームの構成要素について説明しました。

都市では人口密集に対して植生や緑地が少ないため、ヒト由来の微生物の量に対して自然環境由来の微生物が少なく、微生物の"系統的"な多様性が低いのではないかといわれており、微生物多様性を高めるために自然環境由来の微生物を上手く取り込める都市デザインが必要ではないかと考えます。

「微生物の多様性」は、微生物の種数や絶対量だけではなく「系統的に離れている微生物たちが同一環境に存在しているか(Phylogenetic diversity)」ということに着目して議論します。

鉄道にも独自のマイクロバイオームがある

都市には商業施設や公共交通機関、学校や美術館など多様な施設がありますが、それぞれ利用する属性、建物の用途や性質により特徴的なマイクロバイオームが形成されています。

都市の動脈ともいえる鉄道にもマイクロバイオームがあります。2015年にニューヨーク地下鉄(約470駅)からDNAが採取され、1,688もの細菌・ウイルス・古細菌および真核生物が検出されましたが、ほぼ半分のDNAは未知の生物 (Unknown Organisms)だったと報告されています(論文)。

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Figure 1D. から引用

2016年にはボストン地下鉄での調査では、椅子、券売機、つり革などの表面のマイクロバイオームはヒトとの物理的な接触で形成されているとわかっています。

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Photo by Filippo Andolfatto on Unsplash

ヒトが密集して都市を移動する鉄道のマイクロバイオームの動態を、追跡・監視することは、感染症蔓延やバイオテロなど多くの問題対策の観点で重要視されています。また、病原菌が地下鉄内に入っても増えづらい環境を作ることで感染症の蔓延が防止できるかもしれません。

多様な微生物を呼び込む自然換気

電車や駅では、不特定多数の多様な属性の人々が密集して移動しますが、特定の属性(疾患)のヒトたちが密集するのが病院です。

患者から病原菌が拡散されたり、治療のための抗菌薬投与によって薬剤耐性菌が発生しやすいこと、さらに免疫が低下している患者が多くいることが重なり、世界的に院内感染が問題となっています。

ここでは2つの利益に着目して、微生物多様性を用いて居住者の健康を守るための室内環境デザインについて議論します。

1. 微生物を取り込むことによって得られる利益
機械換気の病室と自然換気の病室の微生物多様性を比較したところ、機械換気より自然換気の病室の方が微生物多様性が高く、病原菌の存在量も少ない報告されています。

窓を開けて自然換気する」というシンプルでプリミティブな手段が微生物多様性を高めることに大きく寄与していたのです。一方、機械換気では屋外から空気と一緒に取り込んだ微生物が換気ダクト内に落ちてしまう可能性があります。

ナイチンゲールは『看護覚え書』で「看護の第一原則は屋内空気を屋外空気と同じく清浄に保つこと」と述べています。彼女が意図したかはさておき、自然換気は屋外から多様な微生物を取り込むことにも大きく寄与していると近年のマイクロバイオーム研究によって示されています。

2. 微生物を排除しようとすることでふりかかる危険
また、一般的な住居と比べて病院の集中治療室やクリーンルーム施設など微生物の除去レベルが高い施設では、室内のマイクロバイオームの多様性が低く、多様な薬剤耐性遺伝子が検出された報告されています。

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Photo by  Martha Dominguez de Gouveia on Unsplash

しかし一般的な住居が絶対に安全だというわけではなく、建材や家具の塗料、歯磨き粉、洗剤などに含まれる抗菌化学物質が室内に蓄積して、薬剤耐性菌を発生させているとの報告もあるため、無害な微生物もまとめて室内のマイクロバイオームごと一掃してしまうことは、私たちの健康に悪影響をもたらす可能性があります。

植生や緑地で都市のマイクロバイオームをととのえる

病室のマイクロバイオームでは、自然換気によって室内に多様な微生物が入り込む可能性が示唆されましたが、そもそも屋外に微生物を補給できる環境がないと、空気を取り込んでも微生物多様性を高めることはできません。

屋外が自然豊かな場所であれば、室内にも多様な微生物が入り込むため(論文)、室内の微生物多様性を高めるための微生物の補給源として緑地や植生の配置が有効だと考えています。

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Photo by Nerea Martí Sesarino on Unsplash

都市に緑地・植生をマイクロバイオームの補給源として導入することで、微生物多様性を高めて人々のホロビオントを健康にする『Microbiome Rewilding』という概念が、オーストラリアの研究者たちから主張されています。

ヒトは38兆個もの細菌たちと共生していますが、宿主であるヒトやそれ以外の共生細菌も合わせて1個体のように振る舞う生命を「ホロビオント」といいます。

都市を微生物多様性がより高く、より野生的な共生的で競争的なミクロ生態学的プロセスを伴う生態系を構築することが提案されています。

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Figure 1. より引用

Microbiome Rewildingがもたらす価値は、「乳幼児期までの非衛生的な環境がその後のアレルギー疾患の発症リスクを低下させるではないか」という『衛生仮説』に基づいて主張されています。

ヒトの免疫調節に関係する生物は、"オールドフレンズ"(多様な微生物たち)と呼ばれ、それらがいる環境で過ごすと正しく免疫が発達するとの報告や、都会育ちの子どもに比べて農家育ちの子どもの方が、アレルギー疾患の罹患率が著しく低かったとの報告もあります。

また農家と非農家では室内マイクロバイオームの構成がかなり異なっており、農場以外の家で育った子供では、家の細菌性微生物叢の組成と農場の家の組成との類似性が高まるにつれて喘息のリスクが低下すると報告した論文もあったりします。

2020年には3都市(オーストラリア、イギリス、インド)の緑地で一定時間過ごした被験者の皮膚と鼻の微生物多様性が高まったとの報告がされており、都市に住んでいても、近くに緑地や公園に行くことで植生や土壌からの微生物多様性を体に取り込むことができると考えられます

またわたしたち健康であるためには、わたしたち自身の健康=ホロビオントの健康と考え、ヒトを宿主とするあらゆる微生物たちをケアする事が重要になります。

オールドフレンズを歓迎するウェルカムマットを敷くことが都市における緑地・植生デザインであり、それが都市ひいてはヒトの"Microbiome Re-wilding"を促し健康な社会を築くことにつながると考えます。

健康な土壌が微生物多様性を根幹から支えている

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Photo by Ellie Storms on Unsplash

さきほどの衛生仮説と関連しますが、植生だけでなく森林土壌を都市の保育園に持ち込むことで園児たちの皮膚の微生物多様性が高まり、血液検査の結果、免疫反応に関連する細胞の割合が改善したことが報告されています。

無農薬で多様な植物を密集させ生態系ごと構築した作物栽培『協生農法』を提案しているシネコカルチャーの船橋さんは『表土とウイルス』において、土壌がもたらす利益について説明しています。

表土が発達した複雑な環境では、一つの病気は簡単には拡散しない。表土の持つ物理化学的な性質によって、先ず大部分の病原体は吸着される。

そこには数多の微生物がひしめいており、それらが産出する生理活性の高い化学物質に曝露され、病原体は瞬く間に多重の競争・共生関係の網に取り込まれる。植物の多様性がある程度以上高ければ、微生物の多様性は桁違いに増え、それらの天文学的な数の遺伝子が全体として足並みを揃えて働くことがわかっている。

このように健全な土壌をリソースとして成長した多様な植物が、微生物多様性を高める鍵になってきます。都市の土壌もマイクロバイオームを支える都市インフラであると言えるかもしれません。

マイクロバイオームに考慮した都市デザイン

鉄道や病室のマイクロバイオームのように、都市のあらゆる場所で独自のマイクロバイオームが形成されており、それらがヒトの健康に大きく影響することから、マイクロバイオームは都市インフラだと考えています。

都市に不可欠なマイクロバイオームを追い出し続けて薬剤耐性菌との戦争に持っていくのも、うまくエンパワメントして都市を豊かにするのもヒトの営み次第です。

ヒトがヨーグルトを食べて健康を維持するように、緑地や植生が都市におけるヨーグルト(微生物の補給)の役割を果たすこと、そのヨーグルトを受け入れて最大限活用するための建築デザイン、都市計画が重要です。

都市インフラとしてのマイクロバイオームは、何か新しいシステムを都市に導入することはでなく、グリーンインフラや持続可能性など近年のトレンドに逆らわずに、プリミティブかつシンプルに実現が可能です。

わたしたちの株式会社BIOTAでは、都市のマイクロバイオームをリサーチだけではなく、建築家やデベロッパ、醸造メーカー、研究者の方々など多様なステークホルダーとマイクロバイオームの都市インフラ化について議論しながら、「ありうる都市のカタチ」を想像しています。

興味を持ってくださった方は、気軽にご連絡ください!
Mail: info@biota.ne.jp
会社HP: https://biota.city/

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以下は余談ですが、これまではヒトが密集した場所が都市になる「ヒトが先、都市が後」になることがほとんどだったと思います。

しかし近年は違います。TOYOTAの「Woven City」をはじめとした一部のスマートシティでは、都市ができてからヒトが住むという「都市が先、ヒトが後」な状況が発生します。

ヒトが住む前の都市でマイクロバイオーム調査をすることで、ヒトが住むことで変化する都市のマイクロバイオームを可視化できるため、都市インフラとしてのマイクロバイオームという観点で、今後の公衆衛生や都市デザインの観点で重要な情報を得られそうだなとワクワクしています。
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参考文献

ニューヨーク地下鉄のマイクロバイオーム研究

ボストン地下鉄のマイクロバイオーム研究

微生物の封じ込め施設のマイクロバイオーム研究

室内に蓄積した抗菌物質が微生物に与える影響

表土とウイルス

緑地・植生によってマイクロバイオームを再野生化

生物多様性介入による園児の免疫発達

ヒトの免疫調節に関係する生物たち"オールドフレンズ"

農家で育った子どものアレルギー疾患の罹患率

植生や土壌で遊ぶことで園児たちの微生物多様性が高まる

緑地で一定時間過ごすと皮膚や鼻腔の微生物多様性が高まる

都市と田舎の土地利用の違いによる室内マイクロバイオームの差異

農家と非農家における室内マイクロバイオームと喘息の悪化率の関連

本タイトルはACTANT_FORESTさんの記事を参考にしました

カバー写真(Photo by Ryo Yoshitake on Unsplash)





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