ねぶた祭り
かねてより女房が「一度は観てみたい」と言っていたねぶた祭りに行ってきました。
チケットが取れたのは初日の8/2(金)。8/1の朝方に車で出発し、昼前に青森着。予定ではそのまま市街に入る予定でしたが、急遽八戸に行って昼食。その後会場へと走りました。
はじめてということで車をどこに停めればいいのか?会場はどこなのか?等その場で思案し、結局新青森駅まで行って駅横のコインパーキングに停め、電車で青森駅に行き、会場へ。
ねぶた祭りの起源は定かではないようです。奈良時代(710年~794年)に中国から渡来した七夕祭りと、古くから青森(津軽)にあった習俗と精霊送り、人形、虫送り等の行事が合わさって、紙と竹、ローソクが普及すると灯籠となり、それが変化して人形、扇ねぶたになったのがルーツとされています。
2日の初日は子供ねぶたと担ぎねぶた、その後に大型ねぶた。迫力満点でした。
一番印象に残ったのが画像の「鬼子母神」。後から調べたのですが、今回の大賞だったようです。
鬼子母神は、お釈迦様ご在世の御代、訶梨帝母(カリティモ)と呼ばれて、王舎城の夜叉神のきれいな娘で、嫁として多くの子供を産んだそうです。
子供の数は500人。ただ、その性質は暴虐この上なく、近隣の子供を食べるので、人々から恐れ苦しんでいました。
お釈迦様は一計を案じて500人の子供の一人を隠してしまいました。
鬼子母神は嘆き悲しみ、必死になって、気も狂わんばかりに探し回りましたが見つからず、ついにお釈迦様のもとに行き、自分の子供がいなくなり見つからないことを話し、助け乞いました。
するとお釈迦さまは、
「500人のうち、たった1人いなくなっただけで、お前はこのように嘆き悲しみ、私に助けを求めているだろう。たった数人しかいない子供をさらわれた人間の親の悲しみはどれほどであったか?その気持ちがお前にも今わかるのではないかと話し、
お釈迦様は命の大切さ、子供を思う気持ちは人間も鬼神も変わりないことを説き、子供を鬼子母神のもとに返しました。
鬼子母神はお釈迦さまの教えを受け改心し、以後は仏の教えを守り、子供の守神になったという逸話をねぶたの山車で表現されていると知ったには後からでした。
大きさ煌びやか、盛大さと共に、作り手(これはねぶた師:北村麻子さん)の思いを知ると何倍も楽しめるなーと思いました。
来年行くかは決めてませんが、やはりインターネットや動画で見るのと、そこに行って観るのでは雲泥の差がありますね。
ねぶた祭りに関わっている皆さま、青森市民皆さまありがとうございました。