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私と文具1 シャープペンシル

「すてる」

どうしても捨てられないシャープペンシル(以下シャーペン)がある。

記憶をたどれば、おそらく学生時代から使っている(持っている)100円のシャーペンである。
きらきらした装飾もない、少し細身で深緑色の地味なシャーペンである。
筆入れの中にしまうと、ボールペンや蛍光ペンに紛れて、あっという間にその存在感を失うシャーペンである。

芯を入れるキャップを開けると、付属の消しゴムは当然なく、のぞき込めば深い暗闇が広がる。上下に振ると暗闇でかすかに芯が躍る音がする。

なぜ、このシャーペンを使い続けているのかと問われても、大した理由はない。大切な人にプレゼントされたシャーペンだとか、親の形見だとか、そんな思い出など何もない。
しいて理由をあげるなら、その身が鉛筆と同じくらいの太さで持ちやすく、何より一度として壊れたことがないことだろうか。
値段に関わらずシャーペンの壊れやすさは、おそらく多くの人が諦めにも似た気持ちで許容しているのではないかと思う。
ノックしても芯が出てこない、スプリングが壊れる、芯が折れる、芯がくるくるまわる。あ―、イライラする・・・。

そのイライラが、このシャーペンにはない。

これって単純にすごいことだと思うのだが、他人がどのようなシャーペンをどのような思いで使っているのか、あまり興味がないので実際よく分からない。


「つかう」

はっきり言って、文具自体にさほど興味がないのである。こだわりもなければ、現在文具がどれほど進化しているのかも知らない。

女子は文具、文房具が大好きというのは偏見である。

東京谷中の「いせ辰」で購入した印伝風模様の緑色の筆入れの中は、ご覧の通り。捨てられないシャーペン、赤黒のボールペン、筆ペン2本、どこかで拾ったような消しゴムの欠片、そして以前壊れたシャーペンの先っちょ部分とスプリングが、なぜかまだ入っている。

【筆入れの中身】


【壊れたシャーペンの部品と消しゴムの欠片】

仕事では基本、職場にある鉛筆を使っている。鉛筆の書きやすさは言うまでもないが、職場にある事務用品(文房具)というものは、いつの間にか増え、いつの間にかなくなるものなので、自分の筆入れからこのシャーペンを出して使うのは、机から離れた時だけにしている。

そう考えると、このシャーペンは私にとって失くしたくないもの、大事なものなのかもしれない。今更だけど。100円だけど。

「はまる」

確かに、よく見てほしい。

このシャーペン、曲がっている。不良品ではない。正確に言えば、曲がってしまったのである。100円だもの。

【曲線を描く100円のシャーペン】

いや100円なんだけど、何十年も使い続けているうちに、私の右手に「馴染む」ように少しずつ少しずつ曲がっていったのである。
曲がっていても使いづらさはなく、むしろ使いやすくなっている。

まさに私の手に「はまる」シャーペンなのだ。

「はまる」という動詞にはいくつか意味がある。

一つのことに心を打ち込む
思った通り
入る、差し込む
ある事情に適合する
だます
サイズが合う
罠にひっかかる
のめり込む、深い淵に落ちて抜け出せなくなる
心をすっかり惹きつけられる・・・

たった100円のシャーペンを、壊れないからという理由で使い続け、何十年という時を経て、自分の手に寄り添い、その形を変える。
私にとっての(この)シャーペンは、お互いまるで興味はないが、長年連れ添った夫婦のような存在なのである。



私と文具1

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