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星空の旅

カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球で
いつもどこかで朝がはじまっている    ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交換で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ     
(「朝のリレー」谷川俊太郎『谷川俊太郎詩集 続』思潮社 より)

出会い

慣れない電車の乗り換えに手こずり
開始直前にドームに入ると
その人は観客と向き合って話していた。

「皆さん、どちらからいらっしゃいましたかー?」
その人の声はよく通り
そしてとても大きかった。

「東京の人ー?千葉、神奈川?・・」
次々に手が挙がる。

「もっと、遠くからいらっしゃった方、いますかー?」
席に着くなり、私は思わず手を挙げた。
仙台の人がいた。
名古屋の人がいた。そして私。

「浜松です」
いつもなら、こんなお決まりの問いかけなど傍観する私が
一番上の席から、思わず大きな声で応えてしまうほど
その人の声と語りには惹き込む力があった。

ドームがすっかり和んだところで、その人は静かに言った。

「では、そろそろ始めましょう」

その人がコンソールに向かい
ドームが暗くなっていく間に
私は近くの席に座っていた女性に尋ねた。

「今日の解説はどなたですか?」
女性はもちろん知っていた。
「Tさんですよ」
私は小さく頷いた。

人生の折り返しで、プラネタリウムに出会った私は、その魅力をもっと知りたくて、時間を見つけては、プラネタリウムを観に出かけるようになった。そんな私に、かつて解説員の経験がある方から「観ておいで」ではなく「聴いておいで」と勧められたのがTさんだった。

星空の旅

Tさんの解説は型破りだった。
まず、声が大きかった。
「すごい」ことを「ヤバい」なんて言うし
「皆さん、起きてますか?起きてたら拍手して」なんてことも言う。

どちらかと言えば
静かに星を眺めたい私には
苦手なタイプなのに
思わず笑って「起きてます」の拍手をし
Tさんの問いかけに応えていた。

Tさんの解説には、温度があった。
真っ暗な空間に、小さな灯がともるような温かさ。

星座を示して

「これ、何に見えますか?」と問いかける。
すると女の子が可愛らしい声で
「うさぎ」と応えた。
「そうだね、うさぎだね」
また、別の星を示して
「じゃあ、この星は何色に見える?」
「オレンジ」
「そう、赤っぽく見えるね」


星が大好きな女の子なのだろう。
そんなやり取りを、私たちは見守りながら
一緒に星を追いかけていた。

また、Tさんが問いかける。
「じゃあ、聞くよ。一番明るい星はどれだった?指さしてみて」
そう言われて、思わずシリウスを指さした私は
同じように指をさしていた隣の女性と顔を合わせて吹き出してしまった。

「冬の大三角、なぞってみて」
また皆で
ベテルギウス、シリウス、プロキオンを順に指さした。
誰もが皆、あの女の子と同じように
星座をなぞり、星の色を探した。

私たちはTさんに導かれ、星空を旅していた。

そんな旅の終わりに、Tさんは静かに言った。
「では、少しの間、美しい星空を一緒に眺めましょう」
静かなピアノ曲が流れる中
私たちは星空を見あげた。

何て、美しいんだろう。

そう思った時、涙がこぼれた。

プラネタリウムの日の入と日の出

私は、プラネタリウムの日の出を見るとき

いつも、冒頭の詩を思い出す。

朝のリレー。

生解説のプラネタリウムは通常
日の入りから始まり
日の出で終わる。
夜が明け、一日の始まりを告げる太陽が昇り始めたら
それは投映終了の合図。
これまでは、それだけの意味だったのに
この日は違った。

星は夜しか見えない。
太陽が昇れば星は隠れ、太陽が沈めば星が輝く。
その当たり前のリレーが
こんなに美しいと感じたのは初めてだった。

私は、Tさんに
聞いてみたいことがあった。

それは「どんな思いで、投映に臨んでいるか」ということ。

Tさんは、投映について何も知らない私の不躾で稚拙な質問に
真摯に長い文章でお返事を下さった。
以下、ご本人に了承を得て、紹介する。

「生解説の良さは、録音の代わりに人が話すということだけではないと思います。たくさんの観客と一緒に、同じ場所から星座や宇宙を観て、一緒に感動しているという一体感を感じられるかどうかだと思います。また、観ているのは丸天井に映し出された、星を模した光の点ではなく、星座そのものだと思って解説をしています。だから、星座線や星座絵を出す時間は最小限にし、四角い映像は極力使いませんし、『ここに映っているのは』とか『今度は本当の空で』という言葉は禁句にしています。生解説の良さは、お客様とコミュニケーションがとれること。だから問いかけたり、声を拾ったり、指をさしてもらったり、拍手を強制したり(笑)。暗闇の中でできる様々な方法で、コミュニケーションをとりながら『一緒に観ている』感じを出したいと思っています。一対多人数ではなく、一対一のつもりで臨んでいます。」

私は、Tさんのこれまでの経歴は何も知らない。
すでに多くの経験をされているベテラン解説員でいらっしゃるのだろうが、Tさんはこの日、特別な思いで投映に臨んでいたという。
この日は『生涯忘れられない投映の一つ』だったと、Tさんは仰言っていた。

今回の番組のポスターには
こう書かれていた。
「プラネタリウムの原点、生解説でご案内する今夜の星たち」
ともすれば、素通りしてしまう言葉だ。
だが、ここにTさんの強い思いが込められているのだと、私は思う。

Tさんは、さらに続けた。

「解説を通してお客様に伝えたいのは、自分がいつも感じている星空の素晴らしさ、宇宙の素晴らしさです。その魅力を知っていただきたいなと思いながら解説をしています。」

軽やかに語る
この言葉の裏にある思いを、私は知らない。
しかし、日の入から始まる星空の物語と
朝を迎える日の出の美しさ。
Tさんが伝えたかった星空の素晴らしさは
この日の観客に十分伝わったはずだ。

一期一会

星空の素晴らしさを共有する時間は
まさに一期一会だ。
その時の観客
その時の季節
その時の星空
その時の自分

たった一度きり
二度とないその時間を
笑い、楽しみ、泣いた
そんな投映に出会えた私は、幸せだ。

同じ感動は
もう二度と味わうことはできない。
分かっていても
私はまた、感動を求めて
プラネタリウムを観に出かけるはずだ。

次は、どんなプラネタリウムに出会えるか。
わくわくするような一期一会の出会いを求める。
それが今の私のプラネタリウムの楽しみ方だ。

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