第19話 清純派女優
今日、初めて夕食に姉が姿を現さなかった。大学やバイトで長引いてとかではない。しっかり家にいるのに、夕食の席に出てこなかった。病気で寝ているわけでもない。さっきバケツプリン作ってがっついていたのを見た。
なぜ出てこなかったのか。何となく理由は分かっている。だから私は、食べ終わって食器を片付けると、姉の部屋に向かった。
コンコン
ノックの返事はない。
「お姉ちゃん、おる?」
「…おる」
返事がしたので私は姉の部屋に入った。…まあ、なくても入ってたけど。姉は、勉強机の椅子に腰かけて、何をするでもなくボーっとしていた。
「お姉ちゃん、晩ご飯は?」
「いらん」
「…せやろな。プリン、デカかったもんな」
「おん」
私は姉のベッドに腰かけて、姉のぬいぐるみをツンツン触りながら言った。
「さっきおかんから聞いたけど、お姉ちゃん、就職せえへんねんてな」
「は?あいつ、言いふらしよったん?」
「言いふらすっていうか、…相談、的な?…おかん、泣いとったで」
はぁ…、とわざとらしいため息を吐く姉。
「お姉ちゃん就職せんと、清純派女優になるんやってな」
コチコチ、時計の秒針の音が…したら何かそれっぽい空気になるんだろうけど、あいにく姉の部屋には時計がないので、ただの沈黙が流れた。
「…ふん。あんたもあたしのことバカにしてんねやろ?」
「ううん、私は全然バカにはしてへんよ。お姉ちゃんがなりたいって思ったんやろ?」
「うん
「おん」
「じゃあええんちゃう?」
「…あんた、応援してくれる…」
「全然、応援せえへんよ!」
「…へ?」
鳩が豆鉄砲食らったような顔、とはまさにこのこと。みたいなキョトン顔。
「え、せえへん、せえへん!だって無理あるもん。自分発信で「清純派」を名乗るのって。あれは周りの人からそう言ってもらうのが前提やし。お姉ちゃんさ、まず「清純派」の定義知ってる?」
「黒髪、美人、色白、純情、清らか」
姉は間髪入れずに即答した。はぁ…、と全くわざとらしさのないため息が漏れる。
「違うな。…あの、仮にそうやとして、お姉ちゃん一個も当てはまってないわ」
「はぁ?」
理解していないようなので、ひとつずつ指さして教えてあげた。
「手入れしてないガスガスの金髪、顔は中の中、肌荒れ色黒、非純情、清らか…いや鬼澱み」
「…ま、確かにタバコ吸うけどや」
それもあったな。言いそびれたけど。
「てか、お姉ちゃんまず「清純」やないやん。悪いこといっぱいやって…」
「悪いことしてへんよ!」
「いや、やってるやってる!めっちゃやってる!気付いてない?例えば…信号無視、ポイ捨て、順番抜かし、傘の横持ち、イヤホンの音漏れ、クチャラー、あとは…」
「もういいって。別にええやん。それ位みんなやってるしな」
「いや、散々周りに迷惑かけてる時点で十分悪いことやし。てか、いろんな法律でアウトやからね?」
「は?」
「信号無視は道路交通法違反、ポイ捨ては迷惑防止条例違反、傘の横持ちは傷害未遂、」
「あーもー、うるさいうるさい…」
「順番抜かしもイヤホンの音漏れもクチャラーもみんな殺人罪!」
「…それは違うくない?」
「現役の法学部ナメんな?」
「お…おん…」
再びの沈黙。姉は珍しくしゅんとしている。…私、何かよくないこと言ったかな?いや、間違ってないよね。間違ってるのは姉の行動だもん。
「そういう常習犯に「清純派」を名乗る資格ないで」
姉はもう一段肩を落とした。
「それに、お姉ちゃんさ自然~な感じで「すん」って澄まして悪いことするやん。「私、ここの住人ですけど?」みたいな顔して駅近の知らん適当なマンションにチャリンコ置くのしょっちゅうやんね」
「……」
「あ、そういう意味ではお姉ちゃん自然な演技はめっちゃうまいと思うで!さも知らぬ顔で「すん」って澄まして飲みさしのタピオカ植え込みに放置するところとか、自然すぎてしばらく気付かんかったもん」
「……」
「あ、チャリのやつは住居侵入罪で3年以下の懲役または10万円以下の罰金な」
「…それさ」
久しぶりに姉が口を開いた。
「何?」
「懲役何年になるの?」
はぁっ!?
「はぁっ!?」
「常習犯って、捕まるんでしょ?何年位服役したら「清純派」名乗れるようになるの?」
いやいやいやいや…
「いやいやいやいや!懲役?そんなん付くかいな!?検察も裁判所もそんな暇ちゃうねん」
「じゃあ、無罪放免?」
「無罪かどうかは知らんけど、まあ反省と再発防止やね」
「ぃよっしゃぁぁ!!!」
「「よっしゃ」ちゃうで」
「これであたしは清純派女優になれるー!」
くるくると部屋の中で回ったり跳ねたりと忙しそうにする。
「じゃ、早速…」
「あー、でも1個償わなあかん罪があるで」
「え?何?」
「おかん泣かせた罪や。説明責任果たして来ぃや」
<END>
2019年12月17日 U-3 GONG SHOW より