7月14日 しんぶんが伝える将来の夢【今日のものがたり】
「水戸部(みとべ)くん、今日は何だかすごく楽しそうに新聞を読んでいるね」
「えっ、僕、楽しそうですか」
「うん。何か面白い記事でも載ってた? 僕今日はまだ読んでいなくてね」
「実は僕の妹の作文が載っているんです」
「ええっ、すごいじゃないか」
妹の深景(みかげ)を誉められるとなんだか鼻高々な気分になる。
「はい。地域面なんですけど“将来の夢”っていうコーナー欄で今、妹が通っている学校のターンなんです。それの学年代表で」
深景は今日の新聞に載ることを知っていたから、いつもは起こさないと起きてこないのに僕より早く起きて新聞をチェックしていた。姉さんの話では新聞配達さんの音で目を覚ましたらしい。すごい聴力だ。でも、そんなに早起きしてたら、今ごろ学校で船をこいでいるんじゃないだろうか。
そんなわけで、家に配達された新聞は深景のものになったので、僕は近所のコンビニで新たに購入して会社に持ってきたのだった。
「僕も読んでみたいな」
「どうぞ、どうぞ」
僕は北山(きたやま)さんに新聞を手渡す。姉さんもライター兼カメラマンとして記事を書いていて、深景もこうやって作文が新聞に載って、2人の文才に誇らしい気持ちになる。僕は……まぁ、いいじゃないですか。
「デコレーションケーキをたくさん作る人になりたい……」
北山さんのつぶやいた声に何か引っかかるものを感じて、僕は少しドキリとした。でも、表情は穏やかだったので読み終わるのを待つことにした。
妹の夢はケーキ屋さんになることだ。ここだけの話、去年は別の職業を将来の夢としてあげていたのだけど、最近食べたデコレーションケーキが衝撃的に美味しくて、方向転換に至ったらしい。
「素敵な夢だね。ぜひとも叶えてほしいよ」
「ありがとうございます。妹が聞いたらすごく喜ぶと思います」
「いつか妹さんの作ったデコレーションケーキを食べたいな」
「北山さんのお誕生日に、ですね」
「……そう、だね」
(北山さん……?)
やさしくほほえみながら新聞を返してくれた北山さんだけど、その声がほんの少しだけふるえていたような気がした。何かありましたか、と思わず聞こうとしたとき、電話がなった。
「もしもし、北山です」
声は元に戻っていた。でも、いつもなら電話は僕が出ることになっている。やっぱり何かあったのかなと思ったけれど、それを今聞くのは野暮だよなと、新聞を脇に置いて僕も仕事を始めることにした。