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8月9日 野球少年の決意【今日のものがたり】


「お兄ちゃん、コントロール悪い」
「はぁ? コントロールって意味わかって言ってるのかよ」
「わかってるよ! まっすぐじゃないってことでしょ」
「……違うとは言い切れないけど、ちょっと違う」
「えーちがわないよー」

 コントロールに絶対の自信があったらこんな会話を妹とすることもなかったはずなのに……。

「でも、お兄ちゃんはいいものもってると思うよ」
「な、なんだよ、それ」

 妹の灯里(あかり)が転がっていったボールを拾いあげてこちらへ投げ返してくる。スピードはまったくないし超山なりだけど、ヘンに曲がっていない。俺のずいぶん手前でバウンドしたけど、俺がいるところまで届いていたら多分ナイスボールと言ってしまっていただろう。

(灯里のほうが筋が良いのかもしれない。納得いかないけど)

 と、俺が思っているともしらず、灯里はニコニコ俺のほうへ近づいてくる。

「だって、わたしとキャッチボールしてくれるから」
「それは……他に相手がいないからだよ」
「いなくても壁あてじゃなくて、わたしとしてくれるでしょ。だからいいものもってるってわかるんだよ」
「……よくわからん」
「将来、プロ野球選手になれるよ」
「それは言いすぎだ」
「あ、てるてる先生!」
「……なんだって?」

 俺と灯里の会話を途切れさせるとは……いつもなんか……まぁ、灯里が楽しそうだからいいけどさ。

「てるてる先生、キャッチボールしませんか!」
「キャッチボール?」
「あ、わたしとじゃなくて、お兄ちゃんとしてみてほしいんです!」
「はぁ? なんで俺が星川(ほしかわ)先生とキャッチボールするんだよ」
「いいから、いいから」
「よ、よくねぇ……え……?」

(星川先生、野球やったことあるのか……)

 先生の、灯里からボールを渡されたときのつかみ方が……ボールのつかみ方がめっちゃツーシームの握りだった……! こいつ……いや、先生にこいつはダメだ、この人……そうか、逢坂(おうさか)さんが「何かしらのスポーツをやっていたはず」と言っていたのはこのことか……!

「どうかしたの、お兄ちゃん?」
「な、なんでもない。……ほ、星川先生はいいんですか。こんなところでキャッチボールなんかして」
「大丈夫だよ。今は休憩時間で図書室もすぐそこだから」
「そう、ですか」
「じゃあ、お兄ちゃんとキャッチボールできるね! わたし、すごく見たい」

 実を言うと、俺もしたかった。野球経験者の人とキャッチボールなんて学校に行かないとできないから。
 なんだか、緊張してきた。深呼吸してから投げよう。ヘンに力んで妙な変化球になったら恥ずかしいし、しっかり、星川先生の……

「ナイスボール!」

 おっ? なんか、本当に、今のはナイスボールだったような気がする。

「お兄ちゃん、ナイスボール!」

 だからって灯里、拍手するほどじゃないだろ。でも、うん、悪くはなかった。ヤバい、顔がニヤける。僕はグラブで口元だけ隠す。

 星川先生が合図を送ってくる。俺は唇を引き締めてグラブを上げる。ボールが返ってくる。

「な、ナイスボール……」

 くそっ、めっちゃいいボールだ……! コントロールが神ってる。俺のナイスボールはなんだったんだってレベルの。やっぱり星川先生は野球経験者だ。だから、逢坂さんみたいにおなかも出てないんだ。ん、これは偏見ってやつかな。と、とにかく……

「てるてる先生カッコいいです! ナイスボールです!」

 灯里、あきらかに俺のときとテンションが違うぞ。まぁ、気持ちはわかるけど……。

「ありがとう。久しぶりに投げたんだけど、灯馬(とうま)くんのところまで届いて良かったよ」

 俺の名前……星川先生、覚えてくれてたのか。いや、俺だって星川先生って名前覚えているんだから、同じこと、だよな。

「てるてる先生って野球やってたんですか?」
「……昔、少しだけ」
「すごーい。カッコいいです!」

 嘘だ。少しじゃない。結構やっていたはずだ。そうじゃなきゃ、こんな、久しぶりに投げて神コントロールになるわけないもん。……くやしい。

 もっと、練習しよう。星川先生をうならせるくらいのコントロールを身につけるんだ。そうすればきっと、試合にも出られるようになる。

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