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6月4日 ショートフィルムを見た日に【今日のものがたり】

 雨が降っていたから、釣りに行こうと思った。

 僕はそういう考えの持ち主で、実際雨の日はよく釣りに行っている。けれど今日は不思議とそう思わなかったので、朝食後に少しだけトレーニングをして自室に戻った。

 今日はもともと練習も試合もない日だったから雨でも問題はない。ただ、釣りをしないとなると他にすることが思いつかないのが難点だなとベッドに転がりながら思うのだった。

(そうだ、あの人の作品を見てみようかな)

 少し前にひょんな場所にいた有名な俳優さん。そんなにドラマや映画を見ない僕でも知っているレベルの俳優さんに、あの雨の日、僕は出会った。

 俳優さんの名前で検索したらとあるショートフィルムが候補に出てきた。今から10年近く前の作品みたいだけど、短めだし、試しに見てみるのにはちょうどいいかな。

 出会ってすぐに作品を見なかったのは打ちのめされるだろうと思ったからだ。僕は仕事で何の結果も出せていないのに、あの人は20年以上も芸能界にいて、しかも第一線を走り続けている。悔しいなんて思うことすらおこがましいのはわかってはいたけど、そういう感情が生まれるだろうと思って、僕はあえて見ずにいた。見ないかわりに、トレーニングの量を増やした。

 もし、また、あの人に出会うことがあったら、そのときはあのときよりも少しは自分に自信をつけて会いたいと思った。弱音みたいな話じゃなくて、もう少し前向きな会話をしたい。

 ショートフィルムはすごかった。15分の短いお話だったのだけど、しっかり物語りしていたし、俳優さんの台詞は独特なのにしっかり耳に届いた。なにより、俳優さんの表情、特に視線の動きがとんでもなくて、引き込まれるというのはこういうことかと僕には衝撃だった。

(15分でこれじゃあ、2時間ものはどうなるんだろ)

 僕が今、何とか足を踏み入れられているプロ野球の世界にも想像をはるかに超えるプレイヤーがいる。その人たちにできる限り近づき、いや、超えていくことが究極の目標だ。俳優さんは作品を通して、僕にそこへ向かえと言ってくれたような気がした。

「よし、トレーニングしよ」

 することがないというのは厳密にはないことなのだ。僕は休みの日でも、何かしら身体を動かさないとなんか気持ち悪いというかすっきりしない。なので、トレーニングルームに長時間いることがあって、ヌシみたいだなとコーチに言われたことがある。
 トレーナーさんと相談していろいろとやってはいるけど、僕は小柄だから圧倒的に力が足りない。体力は少しずつついてきてるなと感じてはいるけど、それでも一軍でバリバリ試合に出ている先輩方に比べたらまだまだひよっこだ。

 それでも、今の僕の気持ちは少し違っていた。もしかしたら明日、会心の一本が試合で打てるかもしれない。そういう気持ちでトレーニングルームに向かえたのはたぶん、今日が初めてだ。

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