
9月21日 スケッチブックをありがとう【今日のものがたり】
放課後の図書室で、飯森くんがスケッチブックに絵を描いている。
それだけで私は嬉しい。
去年の今頃には考えてもいなかったことで喜びを感じられている。
「ありがとね」
口に出すつもりはなかった。でも、さらさら動いていた飯森くんの手が止まったから気づいた。今の、声に出てたんだって。それまでの私の心の声を聞いていなかったら何の脈絡も見えない言葉。
「お礼を言うなら俺のほうだな」
心の声を聞いたのかな。そんなわけないのに、なんだか焦ってしまう。
「ごめん。いきなりありがとうってヘンだったよね」
飯森くんは手にしていた鉛筆を置いて私のほうを見てくる。飯森くんの視線には慣れた気でいたのに、なんだか今はもぞもぞする。
「確かに、何もないのに『ありがとう』って言葉が出てくるのは不自然かもしれないけど、ということは、森島のなかで何かあったから『ありがとう』って言ったんじゃないのか?」
そこまで考えてくれたの? この短い間に。
これは、私の心のなかを少しお見せしなければ……。
「飯森くんが私のあげたスケッチブックで絵を描いてくれてることが嬉しかったからありがとうって思ってそれが心のなかだけでなく口に出てて」
そこまで一気に言った。そう、飯森くんのスケッチブックは私がお店で見つけていいなって思って買ったものなのだ。これあげるって渡したときの飯森くんはめちゃくちゃ驚いたようだったけど、すぐ笑顔になって受け取ってくれた。
「うん。やっぱりお礼を言うなら俺のほうだな。ちょうどスケッチブックほしいなって思ってて、あの日、帰りに買いにいこうと思ってたんだよ」
そんな、すごいタイミングだったんだ……。なかなかやるじゃないか、私。
「ホントにありがとな。クラスの奴らには絵を描いてることはほとんど知られてないから、森島はずっと言わずにいてくれてるんだよな」
「知られても大丈夫だと思うんだけど……」
「俺は森島が知っていてくれるだけで良いんだけど」
そう、だから、私は嬉しい。
この幸せな気持ちを抱きながら本を読もう。あくまでもここは図書室。飯森くんも図書委員としての仕事はちゃんとこなしていて、その合間に絵を描いているだけなのだから。