2月23日 ふろしきから始まる……【今日のものがたり】
「どうした。めずらしく眉間にしわが寄ってるぞ」
商店街の一角に、とある夫婦が開いた、文房具や手作り雑貨を取り扱っている小さなお店があります。そこで高校生の男の子がアルバイトとして働いています。その彼と、旦那さんが本日のお店当番です。
「すみません。ちょっと、考え事をしていて」
「どうした? 遥可(はるか)くん、何か悩みか?」
「そう……ですね。悩みと言えば悩みです」
眉間をさすりながら遥可くんと呼ばれた男の子はそう答えました。
「人間関係か? 学校の勉強か?」
「いえ、あの、彼女に……ホワイトデーのお返しを考えていて」
ホワイトデーという単語に旦那さんの固かった表情がみるみる和らいでいきます。もうほぼ笑っています。
「いいねぇ、ホワイトデーか。遥可くんは彼女がいるんだね」
「はい、います」
旦那さんは遥可くんがきっぱり答えてくれたことに少し驚きました。どちらかというと、照れて隠してしまうタイプかなと思っていたのです。
「隠さずに話してくれてありがとう。それで、贈り物の候補はいくつかピックアップしてるの?」
「このお店に売っているものにしようと思っていて、僕は風呂敷にしようかなって思っているんです」
「いいじゃない、風呂敷。いろいろ使い道あるし、持っていたら便利だと思うよ」
「そうなんです。でも、彼女実は……家が、深町なんです」
旦那さんの表情が固まりました。
「え? 深町ってあそこの呉服屋深町?」
「そうです、あそこの呉服屋深町です」
旦那さんは額に手を置き、息を吐きながら天を仰ぎます。
「まじかー。って、深町さんだったらもう風呂敷は持ってるんじゃない? というか、あちらでも売ってるよね」
「そうなんですけど、ここで売っている風呂敷を七海(ななみ)さん……えと、彼女が、前にかわいいって話していて」
「ほんとに? それは嬉しいなぁ」
呉服屋さんの娘さんに、取り扱っている風呂敷をかわいいと言ってもらえた……旦那さんは内心ガッツポーズをしました。お墨付きをもらったような気分です。
「いいじゃない、風呂敷。僕はそれでいくべきだと思うよ」
なので、気も大きくなってしまいます。
そのとき、扉が開いたことを示す鈴の音が聞こえてきました。ちなみにこの鈴も商品として売っています。
「こんにちは」
「いらっしゃいま……わぁっ!」
遥可くんの驚きっぷりで、今お店に入ってきたお客さんが、彼の彼女である七海さんだと気づいた旦那さんです。
遥可くんは普段、口数は多いほうではなく、淡々と仕事をこなす男の子です。旦那さんはそんな遥可くんのことを気に入っています。そんな彼の、彼女を見つめるまなざしの優しさに目を細めます。
旦那さんはこのとき心に決めました。彼らの恋路をひっそりこっそり応援しようと。
「この、工場夜景のポストカード綺麗だね」
「この夜景、俺が撮ったんですよ」
「え? 遥(はる)くんが撮ったの? めちゃくちゃ上手だね。プロみたい」
「ありがとうございます。よかったら一枚差し上げます」
「え、ちゃんとお金払うよ。お店の大事な商品でしょ?」
だから、このやりとりもほほえましく見てしまうのです。
遥可くん、彼女と話すときは「俺」になるのに敬語なんだな、とか、もしかして、彼女さんは年上なのかな、とか、カウンターから二人のやりとりを聞きながら一人笑顔でうなずくのでした。