11月23日 文を読む【今日のものがたり】
『氷口 凪斗選手からのメッセージ』
“1年間、応援ありがとうございました――”
「お兄ちゃんって字が綺麗だよね」
私の兄はプロ野球選手だ。所属している球団のファンクラブがあり、家族全員会員になっている。年に何度か会報誌なるものが届くのだけど、今回はそこに、“一年間応援して下さった皆さまへ”という企画で、選手全員からの直筆メッセージが載っていた。
一言『ありがとうございました』という選手から、手紙みたいな長文になっている選手もいる。そして、なぐり書きみたいな字の隣にお手本のような美しい字があったりしてびっくりする。
そのお手本のような字というのが氷口選手──兄だったりする。身内びいきというわけではなく、本当に綺麗だと思う。
「氷口選手は書いてあるメッセージも真面目だしね」
「面と向かっては言いづらいことも、こうして文のようにすれば伝えられるのよね」
母は嬉しそうに兄のメッセージを音読している。もう何度も聞いているけれど、声に出したくなる気持ちはわからなくもない。兄がいたらやめろよって恥ずかしがると思うけど。
兄にとっても私たち家族にとっても今年は忘れられない一年になった。プロ野球のことをこれからもっと知っていきたいなって思えたのは兄がテレビで中継のある試合に出られるようになったからだ。
年末に兄は帰ってくる。いつもはあまり野球の話をしないけど、今年はしたいなって思う。母はきっと、兄の大好きなものばかり作って出迎えるだろう。私と父は……どうしようかな、何かサプライズでも考えようか。そういうふうに考えられるだけでも去年の今頃とは全然違う。何となくせわしない12月が楽しみに思えるなんて。
兄のメッセージは「ありがとうございました」で締めくくられている。それに私は答える。こちらこそ、お兄ちゃん、ありがとう。