9月14日 コスモスとグリーンキウイ【今日のものがたり】
「おまえに出待ちされるとはな、南川」
仕事を終え、会社の戸締まりをして通りに出たら、図体のでかいやつがサングラスをかけて立っていた。
「もう少し遅かったら帰っていたところだ、北山」
「僕はおまえとは待ち合わせはしていないはずだが」
「ひとりじゃ寂しいかと思って待っていたのに」
「ひとりが寂しいのはおまえのほうじゃないのか」
「そう思うなら俺がここにいる理由もわかるだろ」
南川はサングラスをはずして歩き出す。僕が今からどこへ行こうとしているのかこいつはわかっているのだ。
「ところで、その袋はなんだ?」
僕の手には通勤バッグに加えて、丸くふくらんだ袋がある。
「これは水戸部くんからいただいた、グリーンキウイだよ。ゴールドキウイのお礼に」
「ああ、水戸部くんか。グリーンキウイを……彼は律儀だな」
「調べて買ってきてくれたんだろうね。ありがたいことだよ」
「水戸部くんは順調かい?」
「戸惑うことはあるようだけど、報告書はいつもしっかり書いてくれている。順調と言っていいと思うよ」
「北山の報告書はなかなか独創性があったからな」
まったく、いつのどの報告書のことを言っているのか、南川が薄く笑う。
「仕方ないだろ。すべてが初めてだったんだ、あのときは」
そう、初めて報告書なるものを書いたとき、それを確認したのは南川だった。それもそのはず、南川が立ち上げた部署に僕ひとりが配属されたのだから。
それから数年後、僕の仕事が軌道に乗ったと感じたからか、南川は僕ひとりをこの部署において、本社へ戻っていってしまった。それでも上司には変わりない。社内では敬語だが、勤務外ではタメ口だ。同い年だからな。
「ここのコスモスはずっと変わらないな」
会社から15分ほど歩くとたどり着く小さな公園がある。この時季に咲くコスモスをここで眺めるのが僕のルーティーンになっている。
「どんなにせわしい日でもここに来ると落ち着くんだよね」
「……明日も寝坊しないようにな」
南川は公園の中までは入らず、外からコスモスを見るといつも帰って行く。最初はなぜついてくるのかわからなかったが、あいつなりの優しさなんだと今は思っている。それを口にしたことはないし、話したらスカした笑いを返されるだろうからこれからも言うつもりはない。
本当は“最初”の前の出来事がここにはある。
コスモスが好きだった僕の奥さん。ここで僕の帰りをよく待っていてくれた。だから今日が大切な人にコスモスを贈る日だということも知っている。
僕は一年に一度、今でも奥さんに“会える”。とある方法で。
でも、ここへ来るのもとても大事なことだと思っている。気配を感じるなんていったら怖がられるかな。でも、本当のことだから、僕はこれからもここへ来て、君とコスモスを眺めようと決めている。
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