6月30日 夏越ごはんと水無月と【今日のものがたり】
妹の深景(みかげ)がさっきからそわそわしている。
「ただいまー」
「あ、帰ってきた!」
玄関から姉の声が聞こえてきてすぐ深景はリビングを駆け出ていった。今日も一日学校があったというのに元気だなぁ。
「おかえりー」
「なに、ニコニコして」
「今日、おみやげあるでしょ?」
「どうしてわかったの?」
ふたりが話をしながらリビングへ入ってくる。姉の手には仕事用バッグだけでなく、エコバッグと“こもれび”のかわいらしい紙袋がある。
「姉さんを目撃したらしいよ、帰り道で」
僕はおかえりと言ったあと、紙袋に視線を送りながらそうつけ加える。
「見てたのなら、声をかけてくれれば良かったのに」
「まだお仕事中かなって、えんりょしたの」
「えんりょって……」
紙袋を受け取った深景は満面の笑みだ。僕もこもれびに姉さんが行っていたと聞き、なんだかんだでおみやげを楽しみにしていた。そんなわけで深景につられて顔がゆるむ。
「わー! これ、お姉ちゃんが撮った和菓子!」
「……水無月だ」
和風のカフェ屋さん“こもれび”の和菓子。深景が夜ご飯もまだなのに、箱を開けて中身を取り出す。
「そう。名前、覚えてたんだ」
「覚えてるよ。ちゃんと読んでますから“彩(いろどり)”」
姉さんが記事を書いている情報誌のことだ。最新号に先日取材したこもれびさんと和菓子のことが載っているのだ。
「ありがと。やっぱり、今日食べるならこれしかないと思って」
「6月30日だもんね」
水無月は三角形でういろうの上に小豆をのせた和菓子だ。それを6月の晦日、つまり今日食べる習わしがある。
「水無月を食べて、今年ここまでの厄を落として明日からの半年間の無病息災を祈る」
「そうだ、ご飯炊けてる?」
「うん。ちょっと前に炊きあがってる」
「かき揚げも買ってきたから、夜ご飯も、ね」
「……それ、夏越ごはんだ」
「お姉ちゃん、すごいねー。コンプリートだねー」
炊飯器の近くに雑穀米が置かれていて、“今日の夜はこれを炊いてね”とメモ書きがあったのはそういうことか。
「私は買ってきただけだから。そういうものを作ってくれる人たちがいることに感謝よね」
「確かに」
「ありがとうございまーす!」
深景が水無月に向かって手を合わせている。それを微笑ましく見つめながら僕は食べる前なのに何だか力をもらえた気分になる。なら、食べ終わったらもっとそうなれるということだろう。
明日からの半年間も僕はきっと頑張れる。
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