6月1日 アイデアの空【今日のものがたり】
「“てるてる”先生には空がないみたい」
妹はときどき、こっちが緊張してしまうくらい固い氷のような声で話すときがある。
“てるてる”というのは、この春に僕たちの家の近くに引っ越してきた男の人のことだ。名前に“輝”という漢字があって、それで妹はてるてると呼ぶようになった。怒られるんじゃないかと思ったけど、てるてる先生はそう呼ばれてもあまり表情を変えなかった。
そもそも先生はいつも無表情、とまではいかないけど、心を読みづらそうな顔をしてる。なんて、先生の心を読もうなんて思ってるわけじゃないけど。
「空がない?」
「うん。だって、てるてる先生は空を見ないんだもん。わたしが空を見ても、てるてる先生はいつもちがうところを見てる」
「僕は気づかなかったな。でも、空は絶対見ないといけないわけでもないし、別にいいんじゃないの?」
妹が口をとんがらせて僕のほうを見てくる。
「お兄ちゃん、知ってるでしょう? ここの空はいつ見てもすてきだって。朝も、昼も、夜も。ずっと、すてき。それを知ってほしいの」
妹がいくつかの絵の具をパレットにのせる。床には何枚も貼り合わせて作った大きな白い紙が広がっている。
そうか。ここに、空を描こうとしているのか。
空を見ない先生にそのままでも空を見てもらえるように。空は見上げるだけじゃない。ここにもあるんだって。
「てるてる先生はやさしいけど……」
妹がパレットから顔を上げて窓のほうを見つめる。開けてある窓からは空がよく見える。
僕も、好きだ。空は悩みとか不安とかそういうものを和らげてくれるような気がするから。
先生はそういう悩みがないのかな。
ううん、逆にあるから見れないのかな。
難しいな、人間って。
心なんて読めないからわからないけど、少なくともこの空を見ないのはもったいないよな。それは僕にもわかる。
「よし、僕も一緒に空を描くよ」