6月10日 時の音色は夢を作って【今日のものがたり】
あの日から私は町を散歩するようになった。
散歩、というのは建前で、本当は人を捜している。
青い服の人。
私に時計塔のことを教えてくれた人。
私の住む町には時を知らせる音色を奏でる人がいる。時計塔と呼ばれるその建物にその人はいる。時計塔の番人が──。
“彼はあそこから出られない”
顔も名前も知らない人が、私に話してくれた。
もしかしたら私に向かって言ったのではなかったのかもしれないけど、私の耳には確かに届いた。
青い服を着ていたということしか覚えていない。でも、なんとなく、もう一度同じ服を見ればその人だとわかるような気がする。なんの根拠もないけれど。
歩いていると聞こえてくる時の音色。美しい旋律は毎日変わらない。
変わらない、ということがどれだけすごいのか。以前の私はそのすごさをわかっていなかった。
でも、今ならわかる。
だから、会いたい。
私に初めてできた夢だ。
時計塔の番人に会えたら話したいことがたくさんある。
家族も町の人も、大人たちは時計塔のことを深く教えてくれない。教えてくれないということは、知っているということだ。
でも、あの青い服の人は教えてくれた。そうだ、どこかにいるはずなのだ。時計塔の秘密を知っていて、教えてくれる人が。
だから私は今日も町を歩く。時の音色と夢を抱えながら。