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5月2日 紙コップから生まれるもの【今日のものがたり】

 僕はつくる。

 どんな人間にだってドラマがあり、歴史があるから。僕が知らないだけで必ずある。でも、知らないからこそあの人にはこんな秘密があると自由に設定することができる。

 趣味は人間観察。描くためだ。いろんなタイプの人間を描いていきたいから僕は見る、見る、見る。見ているとつくられる。

 入り口に近い席に座っている、黒シャツに紺ジーンズの男性。彼は休日になるとこういうカフェでよく本を読んでいる。でも実は悪を倒す正義の味方だ。テーブルの上に置いている携帯電話は仕事用で、着信があったらいつでも正義の味方として出動しなければならない。残りのコーヒーを一気に飲み干して席を立つ。
 表に出て裏へ行く。人がいないことを確認して変身する。正義の味方は僕たちが知らない間に悪を倒して世の中の平穏を保たせてくれている。
 そのご褒美はコンビニスイーツのちょっとリッチなやつ。食べる前に必ずスマホのカメラで撮って記念に残す。つかの間の休息。彼の一日はそうして終わる。
 明日は朝からいつものように電車に揺られて職場へ向かう。正義の味方はサラリーマンでもあるのだ。彼を主人公にした場合、タイトルはどんなのがいいかなぁ。

 僕の斜め向かいの席にいる、ロングヘアの女性。会社員かなと思わせといて実は悪の組織の部長をしている。部下を何人も抱えているけれど、つかえないやつばかりで最近ちょっとイライラ度が高い。
 だからホイップクリームを増量したドリンクを飲んでいる。テーブルの上には部下の成績一覧ノートがある。それを見ながらペンをトントンしてしまうのは、問題が山積みだからだ。
 でも、悪の組織にとって成果をあげるにはどんなことをすればいいのだろう。人によって悪になるものは違うからなぁ。ある人にとっては悪でも、ある人にとっては善になるかもしれない。アンデッド系に回復アイテムを使うとダメージを与えられるみたいなね。

 普通の人間はいないのか。大丈夫、僕がここにいる。自分でいうのもなんだけど、僕はいたって普通の人間だ。猫舌なのにホットコーヒーが好きで紙コップで水をもらうのがこのカフェでのルーティーン。
 そう、僕は特殊能力もないし、運動神経が特別いいわけでもない。ただ少しだけ絵が描ける。ほんの少しだけ。
 でも、そういう普通の人間がある日突然、とんでもないトラブルに巻き込まれて日常を失うって王道ストーリーだよね。憧れないわけではないけど、ま、現実の世界では絶対にないからね。僕は安心してコーヒーをすする。カップを置いたとき、携帯電話がふるえた。メールの着信だった。

≪今、おまえの正面の席にいる。顔をあげろ≫

 迷惑メールだよなと思いつつ、顔をあげる。正面の席には図体のでかい男がいた。こちらを見ている。どこかで見たような気もするが思い出せない。男は携帯を操作して、再び僕を見てくる。またメールが届いた。

≪探したぞ。俺と一緒に来い≫

 なに言ってんだ? あの男が僕にメールをしているのか、僕は返信してみる。するとそのメールが届いたのか、男が立ち上がってこちらへ来た。

「おまえは描いた絵を実体化できる力を持った妖魔絵師だろうが」
「妖魔絵師? 何そのファンタジーみたいな職業」
「俺をつくっておいてとぼけるな」

 ちょっと待って。僕がこのでかい男をつくった?

「あの、現実の世界でその設定はちょっとキツくないですか」
「何言っているんだ? ここはおまえがつくった紙の上の世界だぞ」
「え? ええっ?」
「その紙コップに描いたドラゴン、動き出してるだろ」

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