11月3日 アロマの香りとレコードと【今日のものがたり】
明日休みにするから今日出てきてもらえないかな? と、課長から連絡があり出社した。
「おはようございます」
オフィスは明かりがついていた。鼻セレブのティッシュボックスが積まれているデスクに姿はないけれど、室内にただよう香りと音色で課長の出勤を確信する。
「へっくし」
奥の部屋から独特なくしゃみが聞こえてきた。やはり、いらっしゃった。セレブティッシュと香りと音色と。三種の神器……と言ったら大袈裟かもしれないけど、これらは課長のこだわりだ。
「おーおはよう。ごめんね、休日に出勤させちゃって」
デスクに戻ってきた課長はマスクまでがっつりバージョンだった。
「おはようございます。大丈夫です。明日の平日が休みになるからむしろラッキーって思っていますので」
「そう言ってくれると私も嬉しいよ……へっくし」
「今年の秋は例年の10倍だとか……」
「あ~それ言わないで~。10倍のアレを想像しちゃうからさぁ」
「すみません。でも、お決まりのティッシュもありますし、このアロマの香りも音楽も……どれも花粉症対策なんですよね」
「良いと言われるものはだいたい試すタイプだからね、私は」
音楽はいつもの有線放送ではなく(実はオルゴール曲がかかってはいるのだけど)、針をおとすアナログレコードを流しているのだ。音響機器はすべて課長の自前である。
「『水曜日のハンカチーフ』、今日にぴったりの曲だよね」
私が生まれるずっと前の曲だけど、課長のおかげでメロディも歌詞も完璧に覚えた。水曜日になると口ずさんでしまうくらいに。
前に課長と同じタイミングで歌いだしてしまったときは課長にニヤッとされた。苦手なカラオケに付き合わされそうな匂いを感じたので、その日は定時でささっと退勤した。
「さーてと、仕事しましょうかね……へっくし」
セレブティッシュの追加が必要かもしれない。