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6月13日 鉄人と今宵のカクテルを【今日のものがたり】

「あの“メイストーム”をくぐり抜けた『鉄人』に……」

 バーテンダーはそう言って、カウンター席に座る男の前にカクテルを差し出した。
 男は表情を変えることなくカクテルに口をつける。

「まるで私が鉄人であるかのようだな」
「あの嵐(メイストーム)のなか旅立たれた御方ですから」
「特にめずらしい嵐でもなかっただろう」

 今宵は雨も風もなく久しぶりに静かな夜である。窓から外を覗けば空に星が見えるほどの。

「そう思えることこそ鉄人の証。あの日現れた鉄人により、この町は厄災から逃れることができたともっぱらの噂」

 男はカクテルを飲み干し薄く笑う。

「それが真実なら、どうしてこの店には客がいないのだ? 夜に出歩いても危なくはなかろう」
「痛いところをついて来る御方だ」
「貸し切りも悪くはないがな」
「毎日来て下さらないと商売になりません」

 バーテンダーは新たなカクテルを男の前に差し出す。
 男は目を細め、紫色の液体を見つめる。

「いいのか? 神がいると思ったことのない人間はすなわち、何からも護られていないということだ。そういう人間が来るということは……」
「またメイストームのような激しい嵐が起こるとでも言うのですか」
「さあな。私は神ではないから未来のことは何もわからん」

 男はカクテルの代金をカウンターに置き、店を出ていく。

「……それでも私は祈りますよ。あなたに神のご加護があらんことを……」

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