10月21日 図書室のあかり【今日のものがたり】
雨なのに、灯里が図書室に行きたいと言ってきた。
僕は野球の練習が休みになったから家でスイングの確認をしているところだった。まだ続けたかったから1人で行ってこいよと言ったら、あきらかに灯里のまわりの空気がしゅんと冷たくなって、影ができたみたいな感じになった。
それであわてて区切りの良い回数までスイングしたら一緒に行くよと言い直したら、影も冷たさも消えていったのでホッとした。まぁ、あそこは家よりたくさん本があるしな。
ということであと17スイングする。
「おはようございます、てるてる先生」
「おはようございます。……星川先生」
灯里は星川輝明先生のことをそう呼んでる。僕は絶対そんな呼び方しないけど。
「おはようございます。灯馬くん、灯里さん」
星川先生は今年の春からこの山穂図書室の司書さんをするようになった人だ。ここで働く人のことは先生と呼ぶのが定番化していて、だから星川さんも星川先生と呼んでいる。本当に学校の先生をしていたかは知らない。
「いつもご利用、ありがとうございます」
星川先生の何がすごい……いや、あまりすごいとか言いたくないんだけど、星川先生は晴れでも曇りでも雨でもテンションがまったく変わらない。とにかくいつでも同じに見える。
それってなかなかできないことなんじゃないかと僕は思っている。だって、今日みたいに雨が降ったら野球の練習が外でできなくなってつまらない。つまらないときってテンションも下がる。晴れているときとは同じ気持ちではいられない。
でも、星川先生はいつでも変わらない。雨降ってること気づいてんのかな? って疑うくらいに。
「この図書室、ちょっと暗いね」
灯里に言われて天井を見上げる。確かに全部のあかりはついていなかった。
「先生、このあかりの量、もしかして晴れてるときバージョンなんじゃ……」
「晴れてるとき……」
晴れていれば外からの光も差し込むからあかりを全部つける必要はないからな。
「そうだよ! お兄ちゃん、良く気づいたね」
「い、いや、最初に暗いって気づいたのは灯里のほうだし」
「……そうか、雨が降っていたんだったね。ごめんね、今からつけるから」
先生がカウンターの脇にある、あかりのスイッチを押す。図書室内が晴れてきたような明るさになる。……というか先生、本当に雨が降ってること忘れてたのか?
「わたしも大きくなったらこうやって、みんなにあかりを照らせる人になりたいなー」
「なにいきなりスケールでかいこと言ってんだよ」
「えー未来の夢は大きくてもいいじゃん! お兄ちゃんだってプロ野球選手になりたいでしょ?」
「……わ、わかんねぇよ。いいから勉強しろよ。そのために図書室に来たんだろ」
「はーい! お兄ちゃんもちゃんとやろうね」
「言われなくてもやりますよ」
本来図書室は静かに利用しないとだもんな。灯里のおしゃべりにいつまでも付き合ってはいられない。
でも、だいたいこんな感じでいつも話してしまっているのも事実。星川先生に少し謝罪の気持ちを抱きつつチラッとそっちに目を向けてみたら先生はぼんやり窓のほうを見ていた。
……うーん、やっぱりテンション変わらないし、なに考えているかもわからない。
……勉強しよ。
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