7月12日 あまのがわとデコレーションケーキ【今日のものがたり】
社員の水戸部(みとべ)くんが現場へ行っているので、今日は僕がひとり社内でお留守番のようなかたちになっている。といっても、水戸部くんにもオフィスのカードキーは渡してあるので僕が退勤してもなんら問題はない。
(けどもうすぐ日付も変わるし、今日はこのままここに泊まるかな)
僕の部署はメイン業務が夜の時間帯であることが多いため、日付が変わる前後に働いていることもめずらしくない。水戸部くんも今日の業務遂行のため、22時すぎにここを出て行っている。
4月に入社したばかりの頃は彼も戸惑うことが多かったようだが、少しずつこの仕事にも慣れてきているかなと感じられるのでホッとしている。
安心したところで小腹が減っていることに気づき、僕はオフィス内にあるミニキッチンへ向かった。冷蔵庫を開ける。
「これは……“こもれび”さんの……」
ゆでたまごでもかじろうかと思っていたのだが、『北山(きたやま)さん、よかったらお召し上がりください』という水戸部くんの手書きメモが貼られた箱に目が止まった。
そう言えば今日出勤したときに水戸部くんが話していたことを思い出した。家族がこもれびさんの和菓子が好きで、先月食べた水無月という和菓子がとても美味しかったという話を。
僕は水戸部くんのお言葉に甘えることにして、箱をやさしく持ちながら自分のデスクに戻った。
「おお……これは、また……」
箱のなかに入っていたのは青色がきれいな和菓子だった。添えられていたカードによると錦玉羹(きんぎょくかん)の“あまのがわ”という和菓子だそうだ。
普段そんなに携帯電話のカメラ機能を使わない僕が、記念に撮るくらい美しく、なんだか僕が食べてしまって良いものかとさえ思ってしまった。
なので、ワンクッション置こうとこもれびさんの公式サイトをチェックすることにした。アースカラーをベースとした、まさにこもれびを連想するサイトデザインだった。そのなかで僕は和菓子の紹介ページに載っていた一つに目が止まった。
「デコレーションケーキ……」
こもれびさんで売られている和菓子でできたデコレーションケーキに僕は見覚えがあった。そうだ、僕の妻があのとき候補にあげていたケーキだ。
『わたし、ホールのデコレーションケーキって食べたことなくて、いつか食べたいなって思っているの』
「言われてみれば僕もないかも。子どもの頃は家族それぞれ好きなものを選んで買っていたなー」
『わたしの家もそうだった。ねぇ博(ひろ)ちゃん、わたしが退院したらデコレーションケーキ買ってほしいな』
「もちろん。好きなものを好きなだけ食べよう。じゃあ、気になるケーキをピックアップしといてよ」
『わかった。楽しみが増えたからわたし、がんばるね』
「うん」
懐かしい会話だ。こんなにも鮮明に思い出すなんて。結局、デコレーションケーキは食べることなく今日まできてしまったけれど。
僕は“あまのがわ”を見つめる。
今年の七夕って晴れていたっけ? 織り姫と彦星はちゃんと出会えただろうか。
僕らは……大丈夫。七夕ではないけど、あの日にちゃんと会えているから。
よし、あまのがわをおいしくいただこう。食べた感想を話したら君は羨ましがるかな。笑って聞いてくれるかな。