10月10日 貯金箱を今、私は【今日のものがたり】
私は貯金箱を見つめる。
青い服の人は言った。
僕のところに来ればすべてわかるよ、と。
私は青い服の人を探していた。私の知りたいことを知っている人だから。
私の知りたいこと――この町にある時計塔のことだ。時を知らせる音色、それを奏でる人がいること。その人は時計塔から出られないということ。それを大人たちは知っているのに、黙っていること。
出られないなんておかしい。時を知らせる音色を奏でることはとても大事なことだ。でも、塔の外にある出来事もまたとても大事なことだと思う。ほんの小さなことでも、毎日何かしらの発見があるのだから。
そう、時計塔の謎だってついこの間知ったくらいだ。知ってから、私のなかで一番に考える事柄になった。毎日、毎日、考えている。
「音がもっとも長く流れるとき、時計塔の下に来るといい」
青い服の人がいきなり私のとなりにやってきた、あの日。分厚い法律書を読むという宿題をしていた、あの日。
そう告げて去っていった青い服の人。
これは運命なのかな。
だまされているのかな。
でも、こんな小娘ひとりだましてなんになる?
あの人に例えば名誉というものがあったとしたら、その名誉が傷つくだけだ。損をすることはあっても得することはない。
そんなおろかなことを大人がするはずない。
ならば、本気で言ってきたことだ。
本気には本気で返すしかない。
私は貯金箱を見つめる。
かわいい服とか靴とかどうしても欲しくなるときがある。そういうものに出会えたとき、迷わず買えるように日々お金を貯めていた。
ほしいものはかわいい服でもない。カッコいい靴でもない。形あるものではない。でも、どうしても欲しいものだ。
今しか、ない。
私は貯金箱にゆっくり手を伸ばす。
先立つものはお金なのだ。
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