3月5日 ミスコンという言葉から生まれるもの【今日のものがたり】
「姫様、このところ頻繁に来られておりますが、大丈夫なのですか」
ここは城下の図書館。その奥の奥。普段は滅多に人が訪れない場所。なんだけど……
「今日は抜け出せないかとあきらめかけたのだけど、うまくくぐり抜けてきたから大丈夫よ」
「それは……相当怪しまれているような気がするのですが」
「大丈夫、大丈夫。それこそここは命の危険はまずないでしょう?」
「そんな物騒な……ですが……はい、その危険はないと考えていただいて大丈夫です」
図書館自体に外敵から守る結界が張られているし、この部屋の扉にはもっと強力で特別な結界が張ってある。
「でも、たとえば宰相様がここまで追いかけてきたとしたら結界はくぐり抜けられちゃいますよ」
「彼はここまでは追いかけてこないから平気。もし万が一見つかったとしても、あなたのことは守るからそこは心配しないで」
「は、はい……」
「じゃ、読ませてもらうわね」
「ど、どうぞ、ごゆっくり……!」
姫様は少し前から、私が管理しているこの書物庫にある本を気に入って下さって、お城からこっそり抜け出して読みにいらっしゃっている。
「ねぇ、この『ミスコン』ってなんのことなの?」
姫様が読んでいた書物のあるページを見せてくる。耳慣れない単語だったが、聞いたことがないわけではなかったので、必死に記憶をたどる。
「わかりました! それは確か、異国の言葉で……」
この国もずいぶん異国の言葉が浸透しているけれど、普段の生活では使わない言葉はどこか不思議な響きをまとう。
「それはですね、良家の淑女の一番を選ぶという催し物のことを言います」
「良家の淑女……」
「この国で言いますと、姫様のような方のことです」
「私?」
「そうです」
「ふぅん……」
「……ご興味なさそうですね」
「そうね。今の私は催し物自体より、言葉の方に興味があるから」
「言葉ですか」
「そうよ。私はもっと言葉を知りたいの。あなただって、ここで働いているということはここの書物に書かれてある言葉に興味があるからではないの?」
言葉に興味……細かく言うと私は人の書く字が好きなのだけど、姫様だったらわかってくれるかもしれない。
私はドキドキしてくるのがわかった。
姫様ともっと話をしたい。一緒に本を読みたい。そう思った。
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