12月16日 フリーランスの向こう【今日のものがたり】
「高志、マフィンは温める?」
「姉貴的にはどっちがおすすめ?」
「今なら温めのほうかな」
「じゃあ、温めで」
「了解」
久しぶりに実家に帰ってきている。特に連絡もせずに来たら、住んでいる両親は出かけていて、僕と同じように都内に住んでいる姉貴がいた。別々のところにいてもたまに同じ行動をとるということが僕たちにはある。思えば大学卒業後も似たような職種についていた。
「はい、チョコレートマフィン。どうぞ」
「ありがと。これ、戸村ベーカリーの商品だよね?」
「そうだよ。なかにベリーのジャムが入ってる12月限定マフィン」
「だよね! 買いに行こうと思ってたんだよ」
「そうなの? いつも、お買い上げありがとうね。戸村くんも喜んでる」
戸村ベーカリーとは姉貴と戸村くん夫婦が経営しているパン屋さんだ。僕はそこのお得意さんのひとりで、定番商品はもちろん、期間限定商品にも目がない。今月はクリスマスフェアを開催中でいつもより限定品が多く、どれを食べようか毎日悩む楽しみをもらっている。
「戸村夫妻の作るパンたちは本当においしいから。僕の健康が保たれている理由の一つだよ」
「健康って……でも、事務所も持たずフリーランスで仕事してたときはいろんなタイプのパンを差し入れしてたか」
「あのころはホント、お世話になりました」
「今じゃ、事務所構えてしっかり働いているもんね。今年はまさかのジェラートアイスでCMデビューもあったし」
「ホントにまさかだよね。僕、覆面占い師なのにいいのかなって」
「あのジェラートアイス、好評みたいだよね。戸村くんなんて、アイス専用冷凍庫買っちゃうくらいハマってるし」
「ホッとしたよ。アイスのおいしさは間違いないから売り上げに少しでも貢献ができたのなら良かったなって」
「それで、実家に帰ってきたのは、何か新しいことを始めようと考えているからなのよね?」
「……やっぱり姉貴は気づいていたか」
「高志が実家に帰ってくるときってかしこまった話があるときじゃない。なのに連絡も入れずに来るからお父さんもお母さんもいなかったけど」
「でも、姉貴がいてくれた」
「ふたりに話す前にワンクッションおける、と」
「ありがとうございます、姉貴」
「なに、結婚するの?」
「いきなりだなぁ、姉貴」
「だって、希未ちゃん、もうすぐ帰国するんでしょ?」
「よくご存じで」
「希未ちゃんと私、ペンフレンドだから」
「ペンフレンド? メールとかじゃなくて?」
「そう。メールのやりとりもあるけど、希未ちゃん、月イチペースで絵はがきを送ってきてくれてたのよ。綺麗な字のメッセージつきで」
「なんだって? 僕にはメールばっかりで電話もたまにだけなのに」
「ふふふ。未来の旦那には話せないこともあるのよ」
「え……」
「なんて冗談。大丈夫、希未ちゃんの手紙を読むたび、高志は愛されてるなって感じるから」
「ホント?」
「本当。だから、笑顔のある家庭を作っていってね」
「……戸村夫妻のようにってことね」
「……高志から見て、戸村くんと私はそういう家庭に見えるんだ?」
「見えるよ。そういう笑顔の夫婦が作るパンだから、すっごくおいしいんだと僕はずっと前から思ってるよ」
「……ありがとう。これは、マフィンおかわりかな」
「わかってるね、姉貴!」