![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/48905859/rectangle_large_type_2_60da2be2b659c512e82fc2ffbc266002.jpg?width=1200)
3月29日 作業服をありがとう【今日のものがたり】
たとえば、毎日来て一冊選んで読んだとしても一年じゃ全然足りない。ここには私の知らない世界が私の思う以上に存在している。
本だけじゃない。ここを管理している私と同い年ぐらいに見える……
「姫様、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないわ」
少し前まではここへ来ることを純粋に楽しみという思いだけでいたのだけど、それはおこがましいことだと気づいた。
私はこの国の人たちから「姫様」と呼ばれる立場にある。だからといって、楽しいという思いだけで何でもしていいというわけではない。そういう基本的なことすら私はちゃんと理解していなかった。
なのに、この書物庫を管理している少女は嫌な顔一つせず、いつも私も歓迎してくれる。そう、歓迎してくれているように見えるのだ。今も、にこにこしながら何かを作っている。手に持っているのは細いペンのようなものと大きな布だ。
「ねぇ、それは、なに?」
少女の動かしていた手が止まる。心なしか表情が曇ったような気がする。
「あ、あの……姫様にも同じ作業服をと思って」
「作業服?」
「は、はい。私が今着ている服はこの書物庫用の作業服なんです。制服? ともいうかもしれません。姫様もこれを着ていたら、ぱっと見はこの書物庫で働く人に見えるかと思いまして」
「あなたが、私の作業服を作ってくれているということ?」
「すみません、私の手作りで。でも、お城の方にはお願いできないので」
「なに言ってるの。あなたの手作り? 素晴らしいじゃない。わざわざ私のために作ってくれるなんて……」
それはこれからもここへ来ていいということよね。だって、ここへ来ないと少女が作ってくれている作業服は着れないのだから。
嬉しい。すごく嬉しい。ここにある本をこれからも読めるのだ。私は飛び上がって喜びたい気持ちを抑えるために深呼吸をする。
「ねぇ、あなたの名前を教えてくれない?」
ドキドキした。まるで好きな人に告白してるみたいに。でも、それに近いかもしれない。
「クローディアです」
「クローディアね。これからあなたのことはちゃんと名前で呼ぶわ。今までごめんなさいね」
どうして今まで気づかなかったんだろう。少女にも素敵な名前があるということを。
「い、いえ……! あ、あの、すごく、うれしいです」
「嬉しいのは私のほうよ。ありがとう。これからもよろしくね」