11月18日 帰る家があるのなら【今日のものがたり】
僕は毎日、ここにいる。
ここ、というのは外から見たら高いところだ。町の人たちは時計塔と呼んでいる。僕はここで音を奏でている。僕の音で町の人たちは時間を知る。朝が来て、昼になって、夜を迎える。空の色や影の長さ、そして音で人々は、一日の時の流れを把握する。
空が暗くなる前に奏でる音がある。僕の音を聞くと、塔から見える人たちがあきらかにあわただしくなる。歩いていた人たちが走り出したり、声がそこここから響いてくる。この塔の僕のところまで聞こえてくるほどに。
僕は言葉をあまり知らないけれど、毎日のようにその光景を見ているからだんだんとわかってくる。そのときによく聞こえてくる言葉がある。
「ただいま」
いつだったか、こっそりつぶやいてみたことがある。つぶやいて、僕はどこか懐かしい感じがした。懐かしい。もしかしたら僕は、もっと小さいころ、家に帰って「ただいま」と言っていたことがあったのかもしれない。
そうだ、家だ。あの音を聞くとみんな、家に帰るんだ。暗くなるまえに。そうして、家について扉を開けて、言うんだ。ただいまって。
僕にはそういう家がない。塔は僕の家のようで家ではないから。誰も僕に必要以上のことを話しかけてこないし、僕はほぼずっとここに一人でいる。ちゃんと、ご飯も作ってもらえるし、着る服も毎日用意されている。寝る場所もある。でも、家じゃない。
家がほしいのかな。ただいまって言える家が。
でも、こうして毎日暮らすことができているのに、そういうことを願うのはわがままだと思う。それに僕にはただいまって言ってそれに対して言葉を返してくれる人なんていないもの。
言葉を返す……。
そういえば、ただいまって言ったらなんて返ってくるのだったっけ? 僕がたとえば、ただいまと誰かに言われたら僕はなんて返すのが正しいのだろう。
その言葉すら思い出せない僕は、やっぱりこれからもこの塔で音を奏でるしかないんだ。平気だよ、なにも困ることなんてないのだから。
そう思っていた。あの子が、僕を見上げて手を振ってくるまでは。