10月8日 焼きおにぎりとミニそばのセット【今日のものがたり】
七海さんと和風のカフェ屋さん“こもれび”に来ている。
「お待たせいたしました。焼きおにぎりとミニそばのセットでございます」
「ありがとうございます」
「デザートは食後にお持ちいたしますね」
「はい」
僕たちは同じメニューを注文した。この時季だけの限定で、今日はこれを食べたいねと話していたセットだ。
「おいしそうだね、遥くん」
「ですね」
にこにこと目の前の料理を見つめながら七海さんは携帯電話で写真を撮り始めた。それにつられて僕も撮る。一枚は七海さんが入るように撮ってみた。今日も可愛らしい着物を着ていてこのお店の雰囲気にぴったり合っている。
「遥くんの着物姿も入るように一枚撮るね」
「あ、うん」
七海さんは僕にそう告げてから写真を撮った。僕は黙って撮ってしまったのに。七海さんの優しさを今日も感じながら、申し訳なく思う。
「いただきまーす」
焼おにぎりはこの“こもれび”さんの定番メニューの一つだ。もともとおにぎりをメインに売っていて、時間帯によって定食や和菓子を提供している。
「は~おいしい。おにぎりって幸せの味だね」
幸せそうにおにぎりをほおばる七海さんを見られることが僕の幸せです。だから七海さんとご飯を食べるのが僕はすごく楽しい。普段僕はそんなに食べるほうではないのだけど、七海さんといると食欲が増す感じがする。
「おそばもおいしいですね」
「うん、おいしい。来週もここで同じもの食べたいくらい」
「来ましょうか」
「いいの?」
「七海さんの食べたいものが僕の食べたいものだから」
七海さんがこちらをまっすぐに見てくる。それを慣れてないとは言わないけど、慣れてるとも言えなくて、なんだろう、僕はいつも見つめ返すことしかできないでいる。
「遥くんはやさしいね」
七海さんのつけている、きのこのイヤリングが揺れる。僕が以前プレゼントしたものだ。今日はそれに合わせてくれたのか、七海さんの足袋カバーはきのこが刺繍されたものだった。呉服屋 深町で売っているものなのかな? もしかしたら七海さん自身が刺繍したものかもしれない。
そういうことを本人聞かず、自分のなかでそうなんだろうなと納得して完結させてしまうことが僕にはままある。これまでそういうことであなたのことがよくわからないと言われてきたりもしたのだけど、七海さんは違った。だから、僕が優しいというのなら、七海さんのほうがずっと僕に優しい。
「このあとの栗ようかん、“彩”で見てから食べるのずっと楽しみだったんだよね」
彩とは七海さんが愛読している地域情報誌のことだ。僕のアルバイト先にも置いてあるのでチェックはしているのだけど、七海さんは記憶力が半端ない。そんなことまで載ってったっけ? という細かい記事まで覚えていて、情報誌を作成している方たちが知ったらすごく喜ぶと思う。
「遥くんのお店にも栗のグッズあるよね」
「ありますね」
「このあと見に行ってみてもいい?」
「もちろんです」
今日の一番の目的はこもれびでこのランチを食べることだったので、そのあとのことはふんわりとしか考えていなかった。なので、七海さんのリクエストがあって僕はホッとした。行き先が僕のアルバイト先なのは少しこそばゆいけど、お店での七海さんは表情がきらきら輝くことを知っているので、楽しみのほうが大きい。