7月19日 桃だ【今日のものがたり】
バーテンダーが男の前にカクテルを差し出す。
静かにグラスを持ち、少し傾けたところで男は飲むことなくグラスをテーブルに置いた。
「どうなされたのです?」
バーテンダーの声は少し戸惑いを含んでいた。
男は目を細め、カクテルを見つめている。
「今日はもう、店を閉めたいのだなと思っただけだ」
バーテンダーが手にしていたシェイカーを落としそうになる。
「なぜわかったのです」
「すぐに認めるんだな」
「すみません」
「謝る必要はない。私が来ると思って、この時間まで開けていたのだろう」
男はカクテルに口をつける。バーテンダーは黙って頭を下げる。
「謝る必要はないと言ったはずだ。どうした、家の者になにかあったのか」
「……娘が、熱を……」
男の表情がかげる。カクテルを飲み干し、どこに持っていたのかテーブルに円筒形の箱のようなものを置いた。
「これは……」
「見てわからぬか。桃だ。桃の缶詰だ」
「なぜ、これを……」
「知らぬのか? 風邪を引いたときは桃の缶詰と決まっているだろう」
「いつも持ち歩いているのですか」
男はそれには答えず席を立つ。
「私より、娘を大切にするんだな」