12月31日 しあわせの大晦日【今日のものがたり】
大晦日。戸村ベーカリーも年末年始の休業期間に入っており、店内は静まりかえっている。……いや、クラシックギターの心地よい音色が聞こえてきた。
「里子さん、この曲……」
エプロン姿の里子さんが小さな箱を持ちながら奥から現れた。
「アネモスの『冬の日の帰り道』」
「やーやっぱり染み入るねー。実は、僕のなかで殿堂入りしているんだ、冬の日の帰り道は」
「殿堂入りって……でも、そうね、私も殿堂入りしているのかも。あの頃の思い出の曲だから」
あの頃がいつのことかわかる僕は、里子さんを抱きしめたくなった。僕にとってもあの頃の思い出は今につながるとても大切なものだからだ。
「この曲を聴いて、このパンを食べながら年を越せる喜びが私の幸せ」
里子さんがそう言って手に持っていた箱をあけた。中に入っていたのは、二人で考えて作った初めてのパン──クロワッサンだった。
「今年もありがとうね、戸村くん」
「こちらこそ、ありがとうございます、里子さん」
里子さんがクロワッサンを手に取ろうとしたのがわかったけど、僕はやっぱり抱きしめてしまった。
「大好きです、里子さん」
我慢できなかった。ことあるごとに僕は好きです、大好きですって言っているのだけど、いつも本当に本気で思っている。
里子さんは手に持っていた箱をそばのカウンターに静かにおいて、僕の背中に手をまわしてくれた。温かいこの手が僕はずっと変わらず大好きなんだ。
「私も大好き」
来年はどんな年になるのだろう。これからのことは誰にもわからない。でも、ゆるぎないものもある。
里子さんと一緒ならどんな日々だってどんとこいってこと。愛する人のそばにいるだけで僕は力がわいてくる。昨日だって今日だって、そして未来だってきっと、輝くから。
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