1月8日 そのイヤホンを【今日のものがたり】
放課後、僕はひとり部室へ向かった。今日は活動日ではなかったけど、すぐ家に帰る気になれなくて、寄ることにしたのだ。
部屋には誰もいなかった。ただ、テーブルの上に見慣れないイヤホンが置かれてあった。
(誰のだろ)
イヤホンのそばにはメモがあって、「自由に使ってください」と誰の字かすぐには判別できないけど、きれいな字でそう書かれていた。
(自由にって言ってもな……)
誰のかわからないものを……といっても、基本この部屋に入れるのは部員だけだから、誰のものか予想することはできるな。
僕は最近よく見るワイヤレスタイプのそのイヤホンを手に取る。
≪あなたを待っていました≫
「え……?」
今、聞こえたよな……僕の声じゃない声が。
≪待って。そのままつけて≫
ちょっと、待ってくれ。なんでイヤホンから声が聞こえるんだ? Wi-Fi飛んでんのか? いや、だとしてもこんなこと言えるか?
≪わたしの歌を聴いてください≫
僕は部室を見まわす。誰かが隠れられそうな場所はない。でも、じゃあ、この声の主は……?
イヤホンからピアノの音色が聴こえてくる。こうなったら、聴くことにしよう。話はそれからだ。
静かな部室で僕は何者なのかわからない人の歌を聴いた。何者なのかわからないのに、その歌は、歌声は、僕を……
「やめてくれよ……思い出したくなか……」
いや、違う。それは、思い出したいけど思い出すと悲しくなるから、思い出さないようにしているだけのことだ。でも、忘れたくないこと。
家に帰りたくなかったのは家にいるとどうしても思い出してしまうからだ。思い出して悲しくなる。だからこうやって、部室にやってきたのに。
≪悲しいときは悲しんでいいんだよ。だって、本当に悲しいのだから≫
もしかしたら僕は誰かにそう言ってほしかったのかもしれない。