8月17日 このナイターはきっと記念日になる【今日のものがたり】
きっかけは、いただいたチケットを無駄にしてはいけないと思ったからだ。
実は今、プロ野球からは少し距離を置いていて……などとは言えず、ありがとうございますと、受け取ったのだ。
本当に行く気がないのなら、丁重にお断りすれば良かったのだ。正直な理由を話せばおそらくわかってもらえたはずで、けれど私はそれをしなかった。結局はまだ、気になるのだ。野球が気になってしまうのだ。
夕方からの試合。通称ナイターと呼ばれる試合にやってきている。
席は、バックネット裏と呼ばれる高価な値段設定がされている特別な場所だった。
なんと恐れ多い。中途半端な思いの人間がこんなところから試合を見ていいものなのか。
私は謝罪の気持ちも込めて、ちゃんと試合を見ようと思った。プレイボール前に食事も済ませて、最初からちゃんと見ようと心に決めた。
そうしたら、とんでもないことが起こった。
とある選手のプレーにドキドキしたのだ。しかも、試合の終盤から出場した選手に。
久しく感じていなかった胸の高鳴りだ。気づいたら拍手までしていた。どうしたんだ、私。そう、まわりの人はまったくわからないだろうけど、私は私自身に一番驚いていた。
私にはとてもとても好きな選手がいて、その選手が引退してしまってから文字通り抜け殻になった。プロ野球を心から楽しめなくなった。
距離を置いていたのはそのためだ。けれど、完全には離れられなかった。
でも、離れなくて良かった、かもしれない。
私は念のため持参したプロ野球の選手名鑑本を取り出す。
「氷口凪斗(ひぐち なぎと)選手……」
小柄で足が速く、守備範囲も広い。どうしよう、私の好きなタイプの選手だ。
(そうか、先月支配下登録されたばっかりなんだ……)
プロ野球には育成契約というものがあって、その選手は一軍の試合には出られない。出るためには支配下登録、というものを勝ち取る必要がある。育成選手の全員がそうなれるわけではない、なかなかに厳しい道なのだ。
それを乗り越えてこの舞台に立ったんだ……。
すごい。それは本当にすごいことだ。
まさかの出会いだ。いや、向こうは私のことなんて1ミリも知らないけれど、私が勝手に出会ったと思ってしまっている。
帰ったら、調べよう。氷口選手のことを。ちゃんと、知りたい。
そう思えたことがうれしくて、私は笑いながら泣いていた。
この日が、私にとって、プロ野球の試合を見る新たな記念日になるのかもしれない。