ともだち #いつかは古の伝承に
誰もいないはずの深夜の学校で、3階の女子トイレに近づく不審な影があった。
通常3つしかないはずの個室の扉。その、4つ目の扉の前で、影は止まった。
こん、こん、こん。
3回ノックする。
返事はない。
こん、こん、こん。
もう3回ノックして、不審な人物は扉の向こうへ声をかけた。
「は~な~こ~さ~ん……。」
静かに響く、少女の声。
すると、しばらくしてから答える声がした。
「……こんな時間に誰よ」
不機嫌そうな声。それは、まぎれもなく花子さんの声だったが、こんな答え方をする花子さんなど聞いたことがない。
「うふふ……。私、メリーさん。今、あなたのお部屋の前に居るの……」
このタイミングを待っていたかのように雲が途切れ、月明かりがトイレの中を照らす。
4つ目の扉の前に立つ不審な人物は、金髪の美しい少女、メリーさん。
突然、バンッ! と扉が開き、中から白い手が伸びてメリーさんの手首を掴むと、あっという間に個室の中へと引きずり込んで、それからパタンと扉が閉じる。あとには何事もなかったかのように、静かな空間が戻った。
***
テーブルいっぱいの洋菓子を前に、花子さんは怒っていた。いつもなら甘い匂いと可愛らしい見た目に釣られてしまうところだが、今日こそは何としても釣られないぞ、という決意は固いようだ。
「花ちゃん、あーん」
メリーさんが笑顔でマカロンを差し出してくる。花子さんはふいっと顔をそむけた。
「あのね、メリーちゃん、私、怒ってるの」
メリーさんはニコニコしながらマカロンを咀嚼している。
花子さんは振り向くとメリーさんをキッと睨み、手に持った食べかけのマカロンを取り上げて小皿の上に戻した。
「わかってる!? 私は怒ってるの! 貴女は怒られてるの!」
「私、メリーさん。今、あなたに怒られているの」
角でも生えてきそうな形相で叫ぶ花子さんに対し、メリーさんはひょうひょうとしている。思わず花子さんの口から、地を這うような声が出た。
「そ~う~い~う~と~こ~ろ~よ~……」
そして、花子さんは止まらなくなった。
「まず、スマホ持ってるんだから事前に連絡くらいしなさいよ! 毎回毎回突然来られる方の身にもなってくれる!? しかもなんでわざわざ学校のトイレから来るの!? 誰もいないはずの! 深夜の! 学校の女子トイレ! 常日頃から"トイレの花子さん"の噂があるトイレよ! どうなるかわかるわよね!? おかげで私のいる学校のトイレの花子さんは、深夜に校内を徘徊してることになってるわよ! やめてよ校庭を走るニノくんじゃないんだから! そのうえ何でトイレの花子さん呼び出すみたいにしてるの!? あんた友達のトコに遊びに来たんじゃないの!? しかも『あなたのお部屋の前に居るの』って、まるで私がトイレに住んでるみたいに言うのやめてもらえる!? 確かに棲んではいるけど、住んでるわけじゃないから! わかった!?!!」
思いつく限りの文句を怒涛のように吐き出して、花子さんは止まった。正確には、息切れして動けなくなった。
すべての文句をニコニコと聞いていたメリーさんは、花子さんの息が整うのを待ってから、しゃがみこんだ花子さんに目線を合わせて言う。
「ごめんね?」
申し訳なさそうな気配は、ない。
花子さんの顔には、「知ってた。知ってたわ」と書いてあった。
それからふたりは改めて着席し、テーブルの上のお菓子をつまみながら、いつものように歓談した。
こっそりとばっちりを食らっていた二宮くんは、何も見なかったことにして図書室に向かった。