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社怪人デビュー #いつかは古の伝承に

 見知らぬ男の人に声をかける勇気はない。元々激しく人見知りをするうえに、異性と話すのは苦手。苦手、というより今まで話す機会なんて殆どなかったから、どうしたらいいのか想像もつかない。それに、昨今どこで何が起こるかわからないという。本当に、怖い世の中になってしまった。

「あ、あの……」

 私は深夜、人気のない住宅街を歩く女性を選んで声をかけた。けれど、相手は振り向きもせず行ってしまう。慌てて追いかけて、もう一度声をかける。

「あっ、あの……っ!」

 精一杯の勇気を振り絞った結果、思っていた以上に出てしまった声が月夜に響いて、いたたまれない気持ちになる。
 一応頑張った甲斐はあったようで、相手は立ち止まって振り向いてくれた。

「あ、その、あの」

 上手く言葉が出てこない。
 もじもじとする私を見て、相手がイヤホンを外す。どうやら最初にかけた声は聞こえていなかったようだ。よかった、無視されたわけではないらしい。

「あの、何か?」

 不審そうな視線と声。当然だ。深夜に、同性とはいえ見ず知らずの女に、突然背後から声をかけられたのだから。
 頑張れ。頑張れ私。今日こそちゃんと言わなくては。
 懸命に自分を鼓舞するが、口は何とか動くものの言葉が出ない。マスク越しでは口を動かしていることすらも相手には伝わらないだろう。

「人違いでしたら、行きますね」
「あっ」

 しびれを切らし立ち去ろうとする女性に慌てるが、既にイヤホンを着け直していて、私の声は届かない。彼女はそのまま、小さく会釈をすると立ち去ってしまった。

 また言えなかった。
 遠く離れてゆく女性の背中を見つめながら呟く。

「……わたし、きれい?」

 答えてくれる声はない。当然だ。むしろ、あったらホラーなので、なくてよかった。
 ……ホラーは苦手なので。   
 明日こそ、明日こそ頑張ろう。そう決意して、今日は帰ることにした。

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