物思ふ美人 #いつかは古の伝承に
生きづらい世の中になった。
特に、私たちが存在しやすいはずの大都市が、私たちの活動を困難にしている。
人通りの絶えない大通り。いつまでも消えないネオン。明るすぎる街は私たちには生きづらい。けれど、そういった大都市ほど私たちの命を保障するのだ。
私は口裂け女と呼ばれる都市伝説。ご存じだろうか。
昔は知っているかどうか確認するまでもなく、ほとんど誰もが知っているような都市伝説だった。今ではどの程度の人が知っているのか、知らないのか、想像もつかなくなってきている。
正直たまに、SNSか何かでアンケートでも取ってみようかなどと考えてみることもある。けれど残念ながら私のフォロワーはそんなに多くないし、悲しいかなバズったこともない。
それでも私がこうして存在するということは、どこかの誰かが私を知っているという事。どうか忘れないでほしい。語り継いでいってほしい。願うことしかできないけれど。
都市伝説とは何か考えたことはあるだろうか。
私たちは、どこかで誰かの中に生まれる。その「誰か」がひとりとは限らない。だが、とにかく人の中に生まれるのだ。人により生み出されるのだ。
都市伝説は人から人へ語り継がれる。一人から二人、二人から四人。語り継がれ、広まり、育つ。それが私たち都市伝説。
人の中に生きていると、人について知ることも多くなる。私はふと思ってしまった。この日本という国に生まれた都市伝説として。
「ねぇ、私たちは八百万の神々と何が違うの?」
考えていたことが口から出てしまったのかと、ドキッとして思わずキョロキョロと周りを見回すと、いつの間にか近くに来ていた花子さんが私のことをじっと見つめていた。
「……何が違うのかしらね」
真っすぐに、真剣に、答える。
本当に、いったい何が違うというのだろう。私たち都市伝説も、八百万の神々も、ついでに言うなら付喪神やら何やら様々な物事が、人々の思想の中からはたくさん生まれ、そして消えてゆく。神々と一緒にするなと言う人もいるけれど、私たちからしたら大して変わらないような気がするのだ。どちらにしろ、人々の心から消えれば私たちの存在は消えてしまう。それは都市伝説も、神も、変わらないではないか。
それぞれに考えを巡らせていたのか、長らく沈黙が支配していたが、唐突に花子さんが顔を上げた。
「誰かが呼んでる」
どうやら、花子さんが消えゆくのはまだ先の事になりそうだ。
「行ってらっしゃい」
「うん。じゃあ、またね」
彼女は嬉しそうに、呼ばれた方へ駆け出して行った。
その後ろ姿を見つめながら、私も重い腰を上げる。
「それじゃあ、私も行きますか。ここでこうしていても消えゆく日をただ無為に待つだけだものね」
誰にともなく呟いて、私も街へ向かって歩き出した。口裂け女という都市伝説として、存在するからにはやるべきことがある。
人間の存在価値など、それこそわからないではないか。それに比べて私たちの存在価値こそはっきりしている。人の心にある限り、今ここに存在する限り、私たちの価値はそこに在るのだ。
あら?
我ながら、案外素敵な考え方ができたんじゃないかしら。これなら今日も、いい笑顔で行けそうね。
「ちょっと、そこのアナタ……。そう、アナタよ。……ねぇ、私、綺麗?」