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続・お寺の掲示板

お寺の門前などにある、掲示板。
過去にもまとめ記事を投稿していますが、その後もたびたび寺院を訪ね、見付けては撮影しており。それなりに数が増えてきたので、再度まとめて投稿。というわけで、今回は言うなればローカルに「茨城県央・県南、2023年秋冬版」です(爆)。
*ヘッダー画像は、栄久山覚王寺(つくば市)の「樫の木の下門げもん」。推定樹齢約180年の樫の枝葉の下をくぐって山門さらに本堂へと進みます。

本願寺第二代・如信上人の御廟所である、正覚寺(那珂なか市)。
過去記事「こはくらと巨樹巨木⑥~イチョウ、様々な生きざま」にも書いた寺院なので、詳しいところはそちらを参照いただきたく。
掲示板が他に類を見ない大きさで驚きます…
その一角に貼られていた言葉が、こちら。

徳寿山慶乗院正覚寺

県指定天然記念物のお葉付イチョウが立つ、西光院(東茨城郡大洗町)。
こちらの門前にも掲示板。
訪問の時間帯と太陽の位置的な問題で、上手く撮れず(困)。
よく見えないので、書き出してみます…これで合っていると思うけど。。

(右)
いのちよ輝け
 大師のみこころと共に
(左)
仏と
我とが
ひとつになる
 合掌

巨樹巨木にも言えることなのだけど、写真撮影を考えると天気や訪ねる時間も結構大問題(切実)。
少なくとも、この西光院の掲示板は午前中のほうが撮影に向くのだろうと言わざるを得ない(昼過ぎ以降は、きっと逆光だろうと…)。

大内山西光院

JR水戸線の宍戸ししど駅周辺(笠間市)には寺院が多く、しかもどこもかなり立派な枝垂桜しだれざくらが植えられているため、春はさぞかし華やかなのだろうと思うのですが。
唯信寺も、そんな寺院の一つ。
笠間市内で貰ってきた冊子『親鸞聖人紀行』と現地案内板情報によれば、
本願寺第三代・覚如上人が定めた親鸞聖人の有力門弟が二十四輩であり、こちら唯信寺の開基・唯信房はその一人。NHK大河・鎌倉殿で知名度が上がったのではないかな八田知家の三男・義治が聖人が住まわれていた稲田御草庵(後の西念寺)に詣で、二十二歳の時に法名・唯信を賜った、と伝わるそうです。
善と悪だから争うんじゃないの、と思いがちだけど、実際そうでもないのかもしれない…むしろ、互いに「こっちが正しい・善い」と主張し合うもんだから争いになるんじゃないか…と思わされた掲示板。。
境内には幹周5.6mのスダジイ巨木(市指定天然記念物)があり、現在地に移転したとされる寛文7(1667)年以前からあったものか、移転のおりに植えられたものなのか、どちらだろうか…といったところ。

外森山西岸院唯信寺

同じく宍戸駅周辺寺院の一つ、円通寺。
こちらにも掲示板はあるのですが、門前の石碑を紹介いたしたく。
この「不許葷酒入山門くんしゅさんもんにいるをゆるさず」とは、「多く禅宗の寺の門前に立つ結戒の一つ。臭気の強い野菜は他人を苦しめるとともに自分の修行を妨げ、酒は心を乱すので、これを口にしたものは清浄な寺内にはいることを許さないということ。(コトバンクより引用)」であり、私自身は浅暮三文さんの著書『おつまミステリー』で知りました。確か、らっきょうの項に書いてあったのだと思う……らっきょう、独特の匂いがありますからね…ネギ属はそういうところ多い気もするけれど(ニンニク、ニラ、もなのか・・・くさい野菜は周囲の人はしんどいけど食べた本人にとってみればスタミナ食材つか元気になるというかパワー系のイメージではあり…でも修行者にとってはあまりギンギンばりばりになるのも問題なのだろう…多分;)。
私の読書癖は偏っていて、本職作家の書く文学的・物語的文章がさっぱり読破出来ないので手に取りません(爆)。しかしながら、作家さんによるエッセイ等ならば読めないこともない(爆爆)。浅暮さんの作品も然りで、ミステリー作家がおつまみを掘り下げるとこうなるのかと・・・この『おつまミステリー』の次に出た雑学・検証本で、ことわざが大胆かつ冷静に料理された『七転びなのに八起きできるわけ』も抱腹絶倒のうちに読了でした(実話)。。

慈眼山円通寺

小美玉おみたま市の鳳林院。
掲示板後方の山門は市指定文化財。
明治の神仏分離令から廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、多数の寺院が損害を被り、「いやウチは神社なんですよ」と『名を捨てて実をとる』式に逃れた寺院も存在することは知られた話かと思いますが、こちら鳳林院は徳川幕府三代将軍・家光公に賜った朱印により破却を免れたのだといいます。
こちらの境内には十二支のモチーフをそれぞれ取り込んだ可愛らしい地蔵像が十二種つまり十二体立っていて、年末が近づき新年の挨拶状を考える時期になると詣でているとも(その理由…orz)。

萬松山鳳林院

土浦市中貫なかぬきの、安穏寺。
千住せんじゅ(※千住宿は現在の東京都足立区・荒川区に位置するとのこと。Wikipediaより)と水戸(水戸市)を結んだ水戸街道の宿場町のうち、大名や武士が宿泊や休憩に使った本陣が今も残るのは取手とりで宿(茨城県取手市)・中貫宿(同、土浦市)・稲吉いなよし宿(同、かすみがうら市)の3ヶ所のみとのことですが、中貫宿本陣のほど近くに建つお寺です。
この3ヶ所の本陣でも建物の内部まで見学出来るのは旧取手宿本陣・染野家住宅のみで、他の2ヶ所は塀の外・門の外から眺めるしか出来ません…。それでも、もし当地を通ることがあれば折角なので見て帰っていただけたらと思います。。
ちなみに、公開されている旧取手宿本陣も週の半分ほどしか開いておらず、確認が必要。でも無料ですし、半年ほど前に自分が訪ねたときはおばあちゃん―おそらくは染野さん―があれこれ説明してくださり、セルフの御朱印的なものもあったりで楽しかった…(地)

安穏寺

つくば市花室はなむろにあり、花室観音とも呼ばれる覚王寺。
撮影にはなかなかハードルの高い、掲示板の立地(素直な感想)…時間帯や天気の問題だけではなく、近くに木があるとか、他にも色々(困)
ま、掲示板を撮るのが主目的で詣でているわけじゃないから良いとして。。
色調補正しても読みにくいので、書き出してみます。多分、こうかと…違ってたらすみません。。

禅の言葉
歩歩起清風 ほほせいふうおこる
人生の歩みの一歩一歩は修行である。
そこにはつねに爽やかな情景が伴ない やがては悟りの境地に達するのである。
 神無月 賢孝

栄久山覚王寺

ちなみにですが、市指定天然記念物の大つげがあるのも、この花室地区。覚王寺からは徒歩でも充分可能な距離かと思います。時を遡ること400年ほど前の当地の領主ゆかりの阿弥陀堂傍に立つ、イヌツゲの老樹です。

おわりに。
さて日本はクリスマスムードですが、イスラム圏などクリスマスを祝わない国と地域もあるし、戦争そして戦地にはクリスマスも何もないのだろうと。
過去記事「お寺の掲示板」で紹介した『道元禅師からのメッセージ』には、
「正しい宗教は
 いつの時代にも
 人々を照らし 平和な生き方へと導くもの」
とあり、これが実にもっともで。
しがらみやら欲やら見通せない不安やらで悩みがちな人間が、それらに惑わされることなく、より前向きに・心穏やかに日々を過ごし、与えられた一つきりの命を生ききる知恵。その知恵を授けるのが「正しい宗教」なのだろう、と私は考えます。
そういう意味では、イエスの言葉(≒新約聖書)もブッダの言葉も、同じように我々悩み多き人間たちに光を与えうるものを内包しているのではないかと。
我々凡夫をハッとさせる名言名句を掲示しているお寺さんは、「人々を照らし 平和な生き方へと導く」、その任務を果たすべく努めている、と言えるのではないかと。
だから、逆に言うと、特定の宗教宗派に属さなくても、褒められもしないが世間の害にもならず、悩み少なく有意義に生きられるんなら良いんじゃないかとも(逆になっているのか、墓穴)。
かの相田みつをは師に「綺麗事ばかり言っていては、この御堂の瓦一つ替えられない。濁らねばならぬ時もある」(※意訳)と諭されたそうで、お金が無ければ活動も御堂などの維持も出来ないのは事実だろうけど、事あるごとに・直ぐお金お金と言う人や団体はちょっと疑ってもいいと思うんすよね…特殊詐欺や何かの売り込み、契約変更をやたら勧める電話も然り。。

「宗教者同士が刃を抜いて争うことなど、あってはならない」と『道元禅師からのメッセージ』では述べています。しかしながら、実際のところ古今東西の戦争・侵略行為はどんな綺麗事に置き換えたところで結局は諸々の損得勘定と一部の人間の欲、優劣をつけたがる歪んだ気持ち、信仰や文化の不一致が原因ってのが大多数じゃないかと(極言)。
自分とはあれもこれも違う他者の全てを認め受け入れる、というのは夢想でしかなかろうと。しかしながら、頭ごなしに「お前は間違っている。俺の信仰・慣習・文化を全て真似ること、俺にただただ従うこと。それこそが正しい」もダメだというのは、過去の歴史からもよくよく見えるところです。
今の時期に耳にする英語のクリスマスソングの一つ、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの「Happy Xmas (War Is Over)」を街角や店内で聞いたなら、そんなことも思い返してみてほしいな…という次第です。
♪戦争は終わる みんなの力で 戦争は終わる 今すぐ・・・
(これは日本語直訳ロックで鳴らした王様による「幸せなクリスマス(戦争は終わった)」に因っています)

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