【MBTI】感覚(S)と直観(N) 愉しんじゃえ
いまこの瞬間、見ている世界が違う
MBTIの4つの二律背反の中でも、「知覚の仕方」の違いとしての感覚(S)/直観(N)は、見ている世界そのものの違いなので、結構な頻度でわかりやすく出てくるし、わかりやすくぶつかります。ぶつかるというより、嚙み合ってない、といった方が正しいかな。
よくあるわかりやすい例がコレですね。
S:今何時?
N:あ、遅れるね、急がなきゃ
S:じゃなくて、いま何時かって聞いてるんだ
N:だから早く行かないと遅れるってば!
S:あのさあ、「今何時か」って聞いてるの
N:3時だよ。。
S:なんで最初から答えてくれないの?
N:最初から、遅れるって言ってるじゃないか!
感覚(S)は「事実」をありのままに認識しようとするのに対し、直観(N)は「裏の意図」を無意識に読み取ろうとしています。
これは反射的な知覚の仕方の違いでしかないので、直観(N)型が事実を認識できていないとか、感覚(S)型が意図を汲み取れないとか、そういうことではありません。
ありませんが、人間とは自分が慣れ親しんだ方法を「正」と思っているはずなので、相手がそうでない側の回答をしてきたときに、「こいつはバカなのか?」と思ってしまいがちですよね。
上司と部下のように、あるいは多数派と少数派のように、どちらか片方が強い場合、強い方の知覚の仕方が「正解」、弱い方の知覚の仕方が「間違い」となってしまいやすい。本当は、「間違い」ではなく「違い」でしかないわけですが。
これまで登ってきた山か、向こうに見える山か
もうひとつSとNの違いの例として、Sはこれまで登ってきた山(=自身の経験やこれまで出会ってきた人たち)から自分の人生を定義している傾向が見て取れます。
一方で、Nは向こうに見える山(=自身の目標や将来の世界)に自分の人生を見通す傾向にあります。
ここに、その価値を「判断」するときの軸となっている思考(T)/感情(F)や、山の「登り方」の違いとして顕れる判断(J)/柔軟(P)などが混ざってくると、なかなかに多種多様な山登りになってきますね。
そしてその感動を誰かとはやく共有したい外向(E)と、一人でじっくり噛み締めたい内向(I)。
ヒト、それぞれ。
「じゃない方」を愉しむという生き方
いつも同じ帰結になりますが、コハクルは多様であることを愉しむ人生なので、何度でも同じことを言います。
「なんでわかってくれないの!」ではなく「また食い違った、ウケる!」に変換すると、人生が愉しくなります。
上司に評価されなかったとしても、別にいいじゃあありませんか。
あなたが真実を認識しているのなら、価値はいつかついてきます。
私と同じ内向(I)なら、内に秘めたままでも。
外向(E)なら、理解してくれる味方と食事でもしちゃえばいいでしょう。