【ふたりの夫】フユとわたし
フユと出逢ったのは、ある年の夏の始まり頃。
第一印象は「コドモみたいな人」だった。良くないほうの意味で、稚さを感じた。(とはいえ悪事を働いていたわけではない)
屈託のない笑顔だな、とも思った。
今気づいたけれど、その笑顔は良い意味で幼く、つまり良くも悪くも「コドモみたいな人」だとあのときの私は思ったのだった。
一方フユはわたしを初めて見たときから「かわいい」と思い、つまりは「ひとめぼれだった」そうだ。
わたしは自分の顔のいくつもの欠点を自覚しているので少し驚いたけれど、まぁ人の顔の好みはさまざまなので、フユの好みの顔だったというだけのことなのだろう。
その頃わたしには恋人がいたので、フユに対する特別な感情はなく、フユのわたしに対する特別な感情にも気づかなかった。
フユがわたしにチョコレートをくれた日までは、ずっと。
あるとき唐突に、だけどとても自然に渡されたチョコレートは、わたしの知らないブランドのものだった。
「友達と旅行に行ったから、そのおみやげ。すごく美味しかったから」
きれいな箱を手渡されて、なぜかわたしはどきどきした。
何に対してどきどきしたのかうまく説明できないけれど、心拍数が高まって、甘い気持ちで満たされた気がした。
どきどきした感覚は今もリアルに蘇るけれど、自分がどんな言葉を返したのか、おそらくお礼は言っただろうけれどそれすら確証がもてないほどに覚えていない。
ばかみたいだと呆れられるのは承知で書く。チョコレートは偉大だ。
そんなばかみたいなきっかけから始まり、わたしのフユへの想いはぐんぐん加速して、どうしようもなくなったのでその事実をそのまま当時の恋人に伝えた。
「俺よりその男のほうが好きなの?」と聞かれて、わたしは咄嗟に「ちがう」と答えた。
「その人のことも、好きなの。あなたと同じくらい」
少しの間があってから「意味がよくわからない」と、恋人が静かに言った。
「わたしも」
恋人は驚いた顔でわたしを見たあと、大きくため息をついて「1ヶ月待つからどっちか選んで」と猶予宣告をした。
そして1ヶ月後、わたしと恋人は別れた。
悩みに悩んで出したわたしの答えは「やっぱりふたりとも同じくらい好きで選べないから、どうするかはあなたに決めてほしい」だった。
恋人の泣き顔を見てもちろんわたしの胸も痛んだけれど、思いやりのある嘘はつけずに、ただ「ごめんなさい」と謝るしかなかった。
酷いことをしている自覚はあったけれど、ふたりとも好きだという気持ちは真実だったし、それを恋人が受け入れられないのであれば別れるしかない。
すべてを知ったうえでフユは「この先何があっても俺は絶対コハクと別れない」と約束してくれた。
そして実際、わたしがアキを愛してからも変わらず私を好きだと言って一緒に居てくれている。
「フユは変わり者だね」
わたしがそう言うと、フユは「そうかな?」ときょとんとしたあと「コハクのほうが変だと思うけど」と笑った。
それを聞いていたアキが「まぁ、3人とも一般的だとは言えないよね」と、ぼそりと呟く。
「たしかに」
わたしが答え、フユも頷いた。
フユは今でも時々、チョコレートを買ってきてくれる。
わたしはもうあの日のようにどきどきはしないけれど、甘い気持ちで満たされるのは変わらない。
コドモみたいな、まっすぐな愛情。
どんな変化も受け容れられる、懐の深さと柔軟性。
わたしの1番の理解者。それがフユ。
いつかフユの傍を離れるときがくるならば、それはどちらかが死ぬときだろう。
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