
コール
三ヵ月と少し前、夏を呼びに来た旅人がまたこの国にやって来た。
理由はもちろん、次の季節である秋を呼ぶためだ。
ただ正直に言うと、個人的には秋など呼びに来てほしくはない。
旅人には悪いけれど、秋を呼ぶための犠牲が大きすぎる。
少なくとも十三の私はそう考えていた。
大人たちは気にもしていないのだろうけど、子供にとっては秋を呼ぶのは親を亡くす可能性のある嫌なものだった。
夏を呼ぶための嵐は好きだけれど、秋を呼ぶための嵐は嫌いだ。
夏を追いやるために、夏の嵐よりもっともっと強い嵐を呼び込むからだ。
毎年、秋を呼ぶための嵐のせいで行方不明者や死者、家を失う人もたくさんいた。
それでも国の一番偉い人たちは旅人を呼んで、次の季節を呼び込むようにする。
季節なんて呼び込まなくたっていいのに、と私は思う。
ずっと夏のままでいいじゃないか。
確かに暑すぎて嫌になる日もあるけれど、行ける場所が他の季節よりもずっと多い。
十三の私にとっては、そっちの方がずっといい。
友達とずっと遊ぶことの方が楽しい。
嵐はいらない。
秋なんて来なくてもいい。
秋が来なくても月日は巡る。
旅人なんて来なくていいのに。
ジロリと旅人のために用意されている儀式の祭壇を見つめる。
そこには既に旅人が立っていて、秋を呼ぶための嵐の準備をしていた。
秋なんて来なければいい、来なくていい。
そう思った時、不意に旅人が私の方を振り向いてバチリと目が合う。
私の恨みがこもった視線に旅人が、気がついたのではないかと不安になる。
こちらへ来いと、旅人が私を祭壇へと手招く。
しかし、私は祭壇に行くつもりは毛頭ない。
それでも旅人は根気よく私を手招く。
中々来ない私に痺れを切らした旅人は、風の力を使って私を祭壇に引き寄せた。
ギロリと旅人を見上げると、こういう視線には慣れているのか何も反応を示さない。
それとも相手が十三の子供だから、怖くもなんともないということだろうか。
旅人はその左手で小さな風を作ってみせる。
そしてそれを空に放つ。
私を見て、君も出来るだろうと言う。
無言で首を横に振るけれど、この旅人に嘘は通用しないらしい。
旅人は私の右手を取ると、その掌に小さな風の渦を作り出す。
見てはいけないもの、触れてはいけないものを作り出してしまった自分の掌を見る。
サイアク……
最高、の間違いだろう
君には旅人の素質があるのだから
旅人は私の掌に作られた風を、そっと空に放つ。
その風はまだまだ未熟だったから、空に放たれた数秒後に消えてしまった。
君は旅人になる
そのためには師の導きが必要になる
君は幸運だよ
旅人に見つけてもらえたのだから
全然嬉しくないし幸運とは思えない。
旅人がまた私の掌に風を作る。
体の内側がゾクゾクする。
風邪をひく前兆みたいな、そんな震えが起きている。
旅人は私に構わず、秋を呼ぶため風を作り続ける。
私も旅人の横で小さくて未熟な風を作り続けた。
秋なんて来なければいい。
そう思いながら、風を作り続けた。