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キャントリーチ



アイアンブルーの時間が終わろうとしている。

私たちは隣り合って座り、ただそれを眺めていた。

彼も私もこの時間が、この時間だけが好きだった。

世界に二人しかいないような、そんな感覚になれたから。



彼を見つめる。

彼は何も言わずに私を見つめ返す。

もう行かないといけないのに、互いに動けずにいる。

きっともう会えないことがわかっているのだ。

会えるのは今日が最後。

アイアンブルーは二度と訪れない。

これからはコバルトブルーの時間だ。

それが終わるのは百二十年後で、その後はイエローの時間に代わる。

ブルーの時間が回って来るのは私たちが生きている間にはもう無理だろう。

死んだ後だって、ブルーの時間が来てもアイアンブルーは訪れない。

今日で最後、今日が最後のアイアンの日。

もうすぐ終わってしまう。

何か、彼に言わないといけない。

彼は無言で立ち上がり、私もそれに続いた。

彼はさよならの代わりに胸のあたりで手を軽く振り、私はそれをまねた。

言葉はきっと要らないということだろう。

私は彼に背を向けて一歩踏み出す。

右腕が強く後ろに引かれてそのまま倒れこむと、彼の香りに包みこまれた。

耳元で彼は告げる。


オルデバランで待ってる、と。


ハッとして顔を上げた時には、彼の姿はそこにない。

先にオルデバランに向かったのだろう。

私もオルデバランに向かおうと空を見上げたけれど、アイアンブルーに阻まれて見つけることが出来ない。

早くいかないと、と気持ちだけが焦るけれど、方向感覚が消えていき一体どこを歩いているのかもわからない。

涙で視界も歪む。

彼はきっともうあの場所に着いている。


私も早く、オルデバランに行かないと……


足がもつれて倒れこむ。

地上の冷たさが体に浸食してくる。

このまま動けずにいると、地上と体が同化していってしまう。

起き上がって、棲み処へ一度帰らなければいけない。

無理矢理体を起こして、先へ進もうとしたのだが右足がすでに地上と同化していた。

私はこのままここから進むことも戻ることもできなくなってしまった。

途方に暮れ、空を見上げる。


あ……


アイアンブルーの時間は終わり、コバルトブルーの時間へと変わっていた。







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