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捧げものの管理(小)

ぽかぽかとして気持ちの良い午後だった。

風もなだらかに吹いていて心地よい。

もう仕事を投げ出して家に帰って、さっさと一杯やりたい気分である。

とはいえ、だ。

この仕事を投げ出して帰宅したら、気持ちよく一杯なんてやれないだろう。

そんなことは俺にだってわかっていた。

でもなあ……

足下に群がるウサギたちを何とかしないことには、帰宅なんて出来はしない。

なんだって俺がこんな小動物の相手をしなきゃならんのだ

それは君がイカサマしたからだろう

そうよ、あんたがイカサマなんてしなければ私たちまで巻き添えにならなかったのに

俺が小声で言った言葉は、小うるさい二人組にも聞こえてしまったようだ。

うるせえな……俺はイカサマなんてしてねえよ

そうだったね、正しくは未遂だ

未遂でも見つかって処分受けてるんだから、イカサマしたも同然よ

いや、やっていないことをやったと言われるのは心外だ

訂正しろ

いやよ、あんたのせいでこの仕事に落っこちたんだから訂正なんてしないわ

なんだと

止めなよ、二人とも……

俺とあいつの間に不穏な空気が流れて互いに距離を詰めようとしたので、それをもう一人が間に入る形で止めた。

止められてもしばらく言い争いをしていると、上からぱらりと赤紙が落ちてきた。

足下のウサギたちの背中にそれは落ちて、あいつがそれを拾い上げる。

読まなくたってわかることをわざわざ口に出す。

『言い争いをしている暇があるのなら、その仕事を半年に引き伸ばしましょうか?』

ふざけんな、誰が半年もこんな仕事するか

そうよ、半年もウサギの管理なんてやってられないわ

僕は別に半年でもいいんだけどね、ウサギ好きだし

そいつはまんざらでもない感じで、しゃがみこむとウサギの背を撫で始めた。

私もウサギは好きだけどさあ、所詮底辺の捧げものじゃない……捧げものなら羊の世話の方がよかったわ

俺は捧げものでも何でも、動物の世話なんてごめんだね

設計か創作の方が断然いい

その設計でイカサマしようとしたのはどこの誰ですか

うるせえな……いいだろ、もうその話は

足下にまとわりつくウサギのうち一羽を持ち上げる。

鼻をひくひくと動かしているが、持ち上げられても暴れないタイプだったようだ。

そのまま爪や歯の伸び具合のチェックをしてやり、その後下ろして触診をする。

特に出来物やお腹のはり、鼻水、口回りのよだれ等、問題はなさそうであった。

あ、そのままそっちに逃がしたらダメだってば

そうだよ、チェックが終わった個体はこっちの柵のフィールドに逃がすって最初に説明受けただろ

そうだったか

しっかりしてよ、という眼差しを二人から向けられる。

なんだよ、そんな風に非難の目を向けるんだったら俺はもう職務放棄して寝るぞ

どかっと地面に腰をおろして、そのまま寝っ転がってみせる。

ぐおっ

情けない声が俺の口から飛び出した。

ウサギたちが容赦なく俺の体を踏みつけていく。

おー、いいそぞもっとやっちゃえウサギさんたち

ううん、これはこれで面白いなあ

おまえら、さっさとこのウサギたちをなんとかしろっ

数が多すぎて体を起こすことが出来ない俺をふたりは笑いながら見ていた。

この二人組はどうやら俺を助けるつもりがないらしい。

そっちがそのつもりなら、俺はこのまま眠ってやる。

ウサギに踏みつけられたり引っかかれたり噛まれたりの妨害を受けても、絶対に起き上がらないことを決めた。

あいつらの仕事を増やしてやる。

それがそのまま自分の仕事を増やすことになると気がついたのは、うたた寝から目覚めた二時間後だった。



その日の退勤時、この仕事を半年延長する旨の通達が届くことになるのだが、そのことを俺たちはまだ知らない。




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