【白影荘の住人】マックホルツ-1/3
七月上旬。
最近、妙に落ち着かない。
起きて活動していても横になって眠ろうとしていても、どこか胸騒ぎがしてじっとしていられないのだ。
在所さんがまだ帰って来ないことや、大学に入って初めての単位習得のためのテストが近付いてきているのも要因の一つなのかもしれない。
でも、それよりも僕を落ち着かせないのは、母と連絡が取れないことだった。
テストが全て終わったら長い休みに入るので、実家に戻ろうと思っていたのに連絡をとろうとしても出来ない。
電話もメールも繋がらないので、手紙を出してみたのだが住所不明で戻ってきてしまうのだ。
そしてそれは長らく会っていない父も同じだった。
両親に何か起きたのではないかと、気が気でない。
煙夫人にそのことを話すと、白影荘のオーナーが母と知り合いだというので聞いてみると言ってくれた。
でもそれは三日も前のことで、煙夫人からはまだ何もアクションがない。
オーナーが忙しいから連絡が取れていないとか、そういうことなのだろうと僕は思って、煙夫人から声をかけられるのを待つことにしている。
だから、両親の……母のことは煙夫人待ちである。
ただ、もうひとつ。
不思議な……変なことが僕の周り、主に大学内で起こり始めている。
大学で仲良くなった友人三人が、まるで僕がそこに存在していないかのような扱いをするのだ。
講義で見つけて隣の席に座って話しかけても、食堂で同じ席に座っても、教室に向かって歩いている最中も、誰も僕の言葉に反応をしてくれない。
そしてそれは友人だけでなく、だんだん大学内で僕が関わった、関わる必要のある人たち全員にまで広がっていった。
どういうことなのか、さっぱりわからない。
今、僕が置かれている状況が、全く僕にはわからなかった。
急にコミュニティから断たれてしまい、戸惑うばかりである。
そんなこんなで僕は毎日、大学から帰って来る時は白影荘の人たちが驚くくらいにふらふらとしていた。
今日はそんな僕を見かねてか、三人が階段の前で僕を待ち伏せていた。
煙夫人とシューは心配そうな顔をしていたけれど、クロガネさんはいつも以上に不機嫌そうな顔をしている。
僕が口を開きかけた時に、クロガネさんが一歩前に歩み出た。
しかし煙夫人とシューが、クロガネさんを止めようとその肩に触れる。
瞬間。
クロガネさんが激怒した。
その怒りは煙夫人とシューに対してではなく、僕に向かっていた。
「いい加減、自分が何者か気づきなさいよ」
言われたことの意味が理解出来なくて、首を傾げた状態で固まってしまう。
とにかく何か返さなければと思い放った言葉が、余計にクロガネさんを怒らせることになる。
「僕は普通の人間だ」
「それ、本気で言ってる?今までおかしいとか思ったことないの?自分が本当に普通の、その辺に居る一般的な人間だって思ってる?そもそもこんな怪しいアパートに普通の人間が住めるとか信じてるわけ?」
「アカネ、それ以上は……」
「うるさいわね!二人がちゃんと説明するって言うから、私は何もしなかったのよ!それなのに、この状況は何?ホウキさん全然わかってないじゃない。これじゃあ、帰る前にここで崩壊しちゃうわよ」
最後の方の言葉は揺れていて、上手く僕には聞き取ることが出来なかった。
クロガネさんは煙夫人とシューをきっかり三秒ずつ睨みつけて黙らせると、僕に向き直って少しためらいがちに、でもハッキリと言う。
「いい?ホウキさん、よく聞いて。このアパートは……白影荘はね。普通の人間は入居出来ないのよ」
少し遠くの方で、雨が落ちる音が聞こえ始めた。
【マックホルツ 2/3へ続く】