チェイン
彼の家は雨漏りしていた。
だから彼は今日の午前中、私の家に転がり込んできた。
今は晩御飯も食べ終わり、テレビを観てゆっくりするような時間である。
彼はソファを独占して、缶ビール片手に遠慮のない笑い声をあげていた。
そんな彼に改めて問いかける。
このご時世に雨漏りってなによ
んー、まあ僕のハウスは年代物だからさ
そういう問題じゃないでしょ
こめかみを押さえつつ、家主の私よりものんびりと寛いでいる彼を睨みつける。
よくもまあこんなに他人の家で寛げるものだ。
メンタル強すぎじゃないかと思いつつ、今週だけで彼がいくつも災難に見舞われていることに気がついた。
……月曜日、定期券なくしてたわよね
うん
火曜日は左手の小指ドアに挟まれて病院に行ったんだっけ?
そうだね
水曜日は落とした鍵を拾おうとしてしゃがんだら、パンツが破けたって言ってたわね?
ああ、木曜日は側溝に落ちたよ
金曜日は靴の中にGがいて、今日は雨漏り?
呪われてるでしょあんた
深い溜息が無意識に出てしまう。
明らかに小さめの……かどうかは、私の主観でしかないけれど不幸に見舞われすぎじゃないかなと。
私は呪いとかそういうのは信じない質なのだけど、本当に存在するのかもしれないと一瞬でも考えてしまう。
そんな馬鹿馬鹿しい考えを振り払うために、テーブルの上に置いてある缶ビールを手に取って一気に飲み干す。
あっ、それ僕の
テーブルに叩きつけると同時に、もう一度だけ彼を睨む。
あ、はい、もとは君の家の冷蔵庫に入っていました、すみません
わかっていればいいのよ
ぐしゃりと缶を握り潰して、そのまま台所に持って行きシンクに放る。
思いのほか大きな金属音が鳴った。
彼はビクリと体を弾ませると、遠慮がちに私の動作を目で追いかけてくる。
なに?
言いたいことがあるなら、口を動かしてくれないかしら?
う……、その
ぼそぼそと聞き取れない言葉が彼から発せられている。
かと思えば、急に立ち上がり台所に入って来て缶ビールを水でゆすぎ、カゴの上に逆さに置いた。
雨漏りが直るまで、いや、違うな……
少し顎に手を当てて、次の言葉を探している。
新しい賃貸見つけるまで、ここに置いてください
お願いします
言い終わってから深く頭を下げた。
そういう所作は彼らしいなと思って、しばらく無言で眺めていた。
彼が一向に頭を上げないので、わかったからもういいよと彼の肩に手を乗せる。
ありがとう
下げたままの状態でそう言うと、彼はやっと頭を上げた。
ガツッっと鈍い音が頭に響いて、私はその場にうずくまる。
ちょ……ふつうさ、もうすこしゆっくりあたまあげるでしょう
うう……、ごめん
私は顎を、彼はおでこの付近を押さえて唸っていた。
彼といることで私にも小さな不幸のようなものが起きるのではないか、という不安が過る。
……いや、そんなのありえないわよ、絶対に
何の話?
別に……なんでもないわ
その三日後、私はお祓いとか行った方が良いのかな、と考え始めるようになる。
ただ、この時の私はこんなことを考え始めることを知らないのだった。