根無し草
故郷を旅立ってからどのくらい経ったか、今となっては覚えていない。
これは悪い意味ではなくて、良い意味でとらえてもらいたい。
私はもともと何かをしたいわけでもなく、だらだらと続く生活を楽しんでいた。
故郷にいたときもそうだし、旅立ってからもそうだ。
実際、旅立つ必要はなかったのかもしれない。
どこにいても同じ生活を続けていくだけなのだから。
それならどうして、と尋ねる者もいた。
私もどうしてだったのか、よくわからない。
それでも一つ理由を上げるとするならば、故郷の冬が嫌いだったから、だと思う。
雪はいつも膝上くらいに積もるし、毎日の気温がマイナスなんていつものこと。
水道は凍結するし、暖房は心もとないし、かといって暖炉はない。
寒いだけの日々。
思い返してみると、よくあんな土地で暮らしていたなと自分をほめてあげたくなってくる。
旅立つのは突然だったことを思い出す。
寒いだけの土地から旅立ったけれど、正直冬はどこにいても寒い。
故郷ほどではないけれど、土地によって寒さの質が変わることを私は知った。
これは故郷にいたらわからないことだ。
それからその辺の道にアロエが植えられてあることや、一軒家に柑橘系の木が植えられていることも。
夏の日差しが故郷よりも強いことや、狭い路地が多いことも、知らなかったことを知った。
あと、お店で出てくる食べ物も聞いたことのない名前のものがあったり……新鮮だった。
新鮮な物事が多かった。
もちろん、それは今でも同じなのだが。
故郷を出て、街から街へ移動して、そこで二、三年暮らしての繰り返し。
今の私のこんなサイクルの暮らしを知ったら、両親や友人は本当に根無し草になったんだね、と呆れて笑うのだろうか。
故郷にとどまったところで、根を張らない暮らしぶりは変わらなかったように思うが。
しかし考えてみると確かに、私はどこの街にも長くいない。
長く暮らしていても、そこではないような気がしてきて根は張れないだろう。
そんな感じで私は転々と暮らしているわけだが、なかなか悪くはない。
新しい土地に行くのは楽しいし、まだ知らない物事に出逢える。
だからなのか故郷を旅立ってから、どのくらい経ったのか覚えていない。
そして私は旅立ってから一度も故郷に帰ってはいない。
一度暮らした土地や街にも行くことはない。
もし気が向いたら行くこともあるかもしれないが、可能性は低いと思われる。
なぜならば根無し草の私には、この暮らしが、生き方が、性に合っているからだ。
私はこれからもどこにも根を張らずに生きていく。
新しいものと出会うために。
故郷には帰らない。
一度暮らした街にも。
根無し草だからこそ、見える世界だってあるのだから。