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出産
私は自分が普通だと思ったことは一度もない
そう断言していた彼女のことを不意に思い出した。
彼女に会ったのは大学のゼミだった。
他の人達とは雰囲気が違うなと、一目見た時からそう思っていたのは間違いではなかったのだ。
そもそも彼女は出生から僕たちとは違っている。
それを知ったのはゼミ生の飲み会でのことで、彼女はさらりと出生を言ってのけた。
私は自然に発生したの
私の母もそう、だからきっと遺伝ね
僕たちはその言葉に聞いてはいけないことを、知ってはいけないことを知ってしまったような……そんな複雑な感じを抱いた。
おかげで飲み会の最中だというのに、一瞬で場の空気が凍り付いた。
僕たちは、いや、正しくは現人類。
現人類は自然に発生、懐妊したりはしない。
随分と昔に起こった最終大戦で人類の生殖機能は失われてしまった。
男性も女性も関係なく子孫を増やす能力を失った。
それでもまだ人類が存在しているのは、ご先祖様たちが残した科学のおかげだ。
シャーレの中で培養させて種ができたら、二メートルほどの円形の筒の中に移動させて育てあげる。
時期が来たら筒から人工羊水を抜き取り『出産』。
『出産』の時期もずらすことが出来るので、生まれた時から小学生の者もいる。
それでも出生リストでは0歳なのだから、気味の悪い話である。
そもそも基本的には赤子で『出産』させるのだから、そこまで大きく育ってから『出産』させることはほとんどない。
そう、ほとんどない。
しかし同じように『出産』しているのだから、例え大きく育ってから『出産』した者でもやはり僕たちは同じなのだ。
そういう『出産』が普通、なのだ。
でも彼女は、自然に発生したと言った。
彼女の母親は彼女を自然に妊娠して、産み落とした。
彼女は僕たちと同じ『出産』した者ではない。
彼女は普通の人間ではない。
だから彼女の言っていたことも納得できる。
自分は産まれた時から普通ではないのだから、一度だって普通と思ったことがないというのは自然なことなのかもしれない。
その後、飲み会は微妙な雰囲気から変わることなく終了した。
そしてゼミの仲間たちの彼女を見る目が変わった。
出来るだけかかわらないように皆、彼女を避け始めた。
彼女はこういうことに慣れているのか、僕たちと違って全く変わらなかった。
何考えてるの?
彼女から声をかけられて、現実に戻る。
ぼーっとしているなんて珍しいね
あ、うん……ちょっと考え事してた
やっぱり不安?
え?
普通じゃない『出産』で子供が産まれること
いや、それはそんなに不安じゃない、と思う
そう……それならいいんだけど
僕が不安なのは、この『出産』は絶対に安全じゃないってところだよ
君に何かが起こる可能性だってあるんだろう?
そうね……でも、大丈夫よ
彼女はそう言い切って、その膨らんだお腹を撫でる。
普通の『出産』しか知らない僕が、普通じゃない『出産』で産まれた子の親になるなんてまだ信じることが出来ない。
そして『出産』の後に、僕が普通じゃない者たちの中に含まれてしまうことにたいしての不安が消えない。
僕はどうして、彼女と結婚などしたのだろう。
自ら普通じゃない状態になるなんて、今の僕では考えられない。
戻れるのならば結婚の前、もしくは大学のゼミ選びからやり直したい。
でもそれは不可能で、もうすぐ僕たちの子供が産まれてしまう。
もうすぐだから、ちゃんと仕事休んで一緒にいてね
……うん、わかってるよ
数週間後。
普通じゃなくなる不安を消し去ることが出来ないまま、僕は彼女が『出産』するを病院の椅子に座って待っていた。